第8話 任務と勇気
店を出てドアを閉めた後すぐに師匠が立ち止まる。
「ここの向かいに部屋を借りてるんだ。悪いんだけど今日はそこに泊まってくれないかな」
そう言って師匠が指差したのはマスターの酒場の真向かいにある木造二階建ての建物だ。
横に広く、窓が統一間隔で並んでいるため宿泊施設やフラットのような建物だと考えられる。
「えと、どうしてですか?」
「実は昨日この辺りで例の男の目撃情報があったんだ」
それは初耳だ。もしもそれが今までの事件と関連ある人物ならば以前のようにまた魔物が現れるかもしれない。
そうなったらプロバットやこの辺りに住んでいる人に危害が及ぶかもしれない。
「もし相手の狙いが政府の関係者だとしたら職人であるマスターが標的にされるかもしれない。だからアルトにはマスターの周りに不審人物が現れないか監視してほしいんだ。まあ、マスターは明日の昼までは工房に
なるほど今日突然マスターのところへ来たのにはこんな思惑があったのか。
「利用するみたいでごめん。でも今はアルトにしか頼めないんだ。お願いできるかい?」
「もちろん大丈夫です!任せてください」
「不審人物が現れても接触はしないで、通信魔法で私に教えてほしい。戦いは絶対に避けること。アルトは今武器を持っていないってことを忘れないように」
仕事をする振りをしてこの段取りを考えていたのだろうか。
ここはプロバットの区画のすぐ側だ。そのためそちらが狙われる可能性も大いにある。
そうなった時に守らなければならないから師匠はギルドを空けてここに泊まるわけにいかないと考えているのだろう。
その上でマスターも僕も守る方法がこれか。
「はい!」
「うん、それじゃあまた明日。食べ物なんかは部屋に置いてあるからね。二回の四号室。くれぐれも気をつけて。あくまでも監視だから絶対に危ないことはしないでね。相手の力量が分からないし戦闘は絶対に避けるんだよ」
片手を上げて見せた師匠は路地の向こうの曲がり角に消えた。
夜が迫り暗くなった路地裏を歩き僕は指定された部屋へ向かう。
外付けの木が痛んだ階段を上りこれまた古めかしい扉を開けた先には見知った影が一つ。
差し込む夕日を背にカビ臭い部屋を飛ぶコウモリ、師匠の連魔であるフローズだ。
「ヒヒヒ、オレも、見張り、よろしく」
「はい、よろしくお願いします」
部屋の奥には窓が一つ、そこからマスターの酒場が見えるようになっていた。
あとは窓際に机と椅子があり、そこに食べ物が置いてある。
右手側にベッド、左手奥にクローゼットがあり、設備はそれだけだ。
クローゼットの横には師匠の発明品である例の杭が一組置いてあったが見なかったことにしよう。
「オレ、ツウシン、できない。アルト、寝てたら、起こす」
「了解です。まずは僕が見張るので休憩してください」
「ヒヒ、ありがと」
フローズはクローゼットの上に止まるとそこで眠った。
コウモリなのでぶら下がって眠るのだと昔は思っていたが、フローズは地面に羽を広げて落ち葉に擬態するように眠る。
一人と一匹、夜間の監視任務が始まった。
*
「アルト!アルト!」
自分を呼ぶ声に覚醒を促され目を開けるとフローズが僕の上を飛んでいた。
もう交代の時間かと埃っぽいベッドから身を起こすとフローズが窓辺へと飛んでいく。
「あれ見ろ!」
事態を理解した僕はフローズに続いて窓辺へ駆け寄る。
窓の外、暗闇の中に何か動くものがあった。
それは四足歩行の動物だった。犬のような見た目だが大きさは人の背丈ほどあり、魔物の可能性がある。
「っ……!」
「アルト、連絡!」
駆け出そうとする僕をフローズが呼び止める。
危うく判断を誤るところだった。
僕は師匠に通信魔法を送る。
(アルト、何かあった?)
(はい、マスターの酒場の前にすごい大きい犬が)
(へ?)
(あ、えっと)
(うん、分かった。すぐにいくよ)
ここで一方的に通信が途切れた。
きっと師匠はすぐに駆けつけてくれるだろうが、その前にあの犬が何をするか分からない。
僕はこのままここで犬を監視し続けることにした。
もしも酒場やマスター、近隣の家屋や住人に危害を加えるようなことがあればここから魔法でなんとかしよう。
犬型の魔物はマスターの酒場の前を行ったり来たりぐるぐると回っている。
「ヒ、なんだ、あいつ」
何をしたいのかまるでわからない。
何を破壊するでも家屋に侵入するでもなくただただ歩き回るだけだ。
害のない魔物が迷い込んだだけかとも考えたが、この辺りにあんな魔物は生息していない。
僕が監視を続けていると路地の向こうに師匠が来てくれた。
(あれだね)
師匠に気づいた犬はそちらを向くと一瞬の静止の後に飛びかかった。
ひらりと横に避けた師匠は鞄を手に背後の犬と距離をとる。
(これは確かに普通の犬じゃないね)
(この犬、さっきから同じ場所をうろついていて)
師匠への通信の最中、犬が大きく吠えた。
何かを仕掛けてくるつもりだろうか。
吠え終わった犬はこちらとの距離を一定に保つように威嚇しながら少しずつ動いている。
(師匠、僕も加勢します。挟み撃ちにして僕に意識がそれたところを攻撃してください)
(だめだよアルト。アルトを危険な目には)
通信が途中で途切れる。しかし戦況に変化はない。
「うふふ、仲間からの連絡かしら」
突如として女性の声が聞こえてきた。
声の発生源はあの巨大な犬のいる辺り。しかし人影は見えない。
この犬は魔物ではない、連魔だ!
「
師匠の武器魔法で鞄が大きなハンマーへと姿を変えた。
(師匠!あの犬何をしてくるか分りません、気をつけてください!)
あれが連魔ならば主と同じ固有魔法が使えるはずだ。落ち着いて対処しなければ危険である。
(ありがとう、大丈夫)
「部下が心配?さすがはギルドマスター、責任感強いのね」
「悪いけど、君と話してる時間はないんだ」
その場で師匠がハンマーを振ると何かの液体が飛び出した。
犬の連魔めがけて放たれたそれは
あれは師匠の鞄に入っていた溶解液をハンマーから射出したものだ。
「う、いきなりひどいじゃな……」
犬の言葉を待たずして師匠は駆け出していた。
ハンマーを振り上げて犬の連魔を跳ね飛ばす瞬間、ハンマーの後方で爆薬が炸裂し、打撃の速度が増した。そして命中した途端今度はハンマーの前方が爆発し、犬の連魔を打ち上げる。
しかし強い力で打ち上げられたにも関わらず犬の連魔は未だ師匠の方を見ていた。
「うぅ……行かせないわよ!
師匠に何かしようとしている今がチャンスだ!
「フラム・ラピドッ!」
勢いよく窓を開け、火球で犬の連魔を狙い撃つ。
威力は大したことないが姿勢を崩させ注意を引くには十分だ。
「アルト!?」
(無理はしません、ここは僕を信じて行ってください!)
まだ犬と戦おうとしていた師匠もすぐに走り出した。
師匠は恐らくプロバットの誰かからの通信魔法を受けて焦っていた。
何があったのかは分からないがここは師匠に行ってもらったほうがいいはずだ。
犬の連魔が地面に落ちると同時に僕も窓から飛び降りる。
腰に下げた師匠特性の杭は僕の恐怖と緊張を打ち消すためのお守りだ。
まだ師匠を追おうとする敵の進路をエスクドで塞ぐといよいよ相手も僕に体を向けた。
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