第7話 心と備え

「アルト、武器の調子はどうだい?」

「わっ、師匠」

 事件から数日経ったある日、第三研究棟で監査業務を行なっていると後ろから突然師匠に話しかけられた。

 いつも自分の研究室で仕事をしているこのギルドのトップがにわかに現れたものだからここの研究室の職員がざわめき出した。

「リーザさん、お疲れ様です。今やってる研究見ていってくれませんか」

「これ、俺たちの自信作なんス!」

「マスター、ちゃんと寝てますか?またクマできてますよ」

 研究室にいた七人の研究者が一斉に師匠の元に集まり、話し始めた。

 師匠は優しくて頼りになるプロバットの人気者だ。

 寝る間を惜しんで研究を続ける姿は心配になるが研究員にとって憧れでもあるらしい。

 変な影響が出なければいいが。

 その後長い時間やり取りをした後部屋を出て行こうとした師匠と目があった。

 要件を思い出したらしい師匠は僕の手をとりドアを開ける。

「リンド、アルト借りていくよ」

「ええ、また来て下さいね!アルトも、今度は遊びに来いな!」

「はい!ありがとうございます!」

 挨拶をして賑やかな研究室を後にする。

 ギルドを辞めた身の僕に対しても以前と変わらず明るく接してくれるプロバットのみんなが僕は好きだ。

 そのまま廊下を歩いていると師匠が話し始めた。

「この間魔物と戦ったよね。その武器、どうだった?扱いやすかったかい?」

「はい、とても戦いやすかったです」

 この剣は僕が政府で働くために戦いを身につけたいと言った際、師匠から贈られたものだ。

 取り回しのしやすい短めで両刃の剣。僕の宝物だ。

「よかった。で、今日呼んだのはその武器の調整のためなんだ。これから職人の所に行こうと思ってるんだけど、いいかい?」

「はい、わかりました」

 魔術師の武器はコールクォーツと呼ばれる特殊な結晶を使って作られる。

 これを扱えるのは国の資格を持つごく一部の職人のみであるため武器の調整はその職人に頼まなければならない。

「ここ数日は何ともないけど、またいつ事件が起こるか分からない。戦いなんてしないのが一番だけど、武器はそうなった時に身を守るためのものだからね。しっかり調整しておかないといけないよ。政府で働くってことは有事の際に真っ先に戦闘力として数えられるってことだからね」

 政府が職員採用の際に学問的な能力のみならず戦闘能力をも見る理由はこれだ。

 この国のトップ、政府とは軍である。

 戦争などで国が危機に見舞われた際に真っ先に戦場に送り出せるように強い人物が求められるのだ。

「ありがとうございます。師匠……」

 師匠は立ち止まりこちらを振り返る。

 何も言わないが師匠もフラスティエの北に位置する国、ユーペリアに不穏な動きがあることを知っている。

 戦争が起こった時、僕は確実に戦地に送られる。

「大丈夫。それじゃあ、行こう」

 まだ思いついていなかった言葉の続きを遮るように言うと再び師匠は歩き出した。

 この仕事を志した時から覚悟は固めていたつもりだった。

 だがやはり戦闘は怖い。敗北し死ぬのは恐ろしい。

 みんなを守りたいなんて思って政府に入ったのに、僕はまだ怯えている。

 不安を振り払い師匠についてギルドの区画から出ると見知った路地に差し掛かった。

 路地を進み、師匠が立ち止まったのはこれまた見知った場所。

 小さなボトルの形をした看板、青銅製の扉の装飾。

 ここはマスターの酒場だ。ただし今日は扉に定休日と書かれたプレートが下がっている。

「マスターの本業は武器の職人なんだ。コールクォーツの資格も持ってる優秀な職人だよ」

 師匠が扉を開けるとマスターがカウンターに座って待っていた。

 格好は以前と変わらないエプロン姿だ。

「いらっしゃい、待ってたわ。早速だけどその剣預かるわね」

 立ち上がったマスターに剣を渡すとカウンターの奥に手招きをされた。

 師匠を見ると鞄から出した書類をテーブルに広げていた。

「私は仕事してるから、アルトは行ってくるといいよ」

 とのことなので僕はカウンターの奥にあった扉の奥に入った。

 そこは壁一面の部屋に鉱石や結晶、何かの道具が並べられた部屋で中央にテーブルと椅子が置かれている。

 促されるままにマスターの向かいの椅子に腰を下ろすとマスターは僕の剣をテーブルに置いた。

「んふふ、驚いた?実はあたし、武器職人だったのよ」

「驚きました。魔術師の武器の職人は国家資格の中でも最難関と言われるのにすごいです」

 魔術師の武器に使われるコールクォーツは希少性が高く、秘めた力も強大であり使い用によっては非常に危険な代物だ。

 兵力に直結するため国内のコールクォーツは国で管理されている。

 そうなるとそれを扱う職人になるのは一筋縄ではいかない。

「ありがと。アルトの仕事だってちゃんと戦闘ができないとなれないでしょ?努力したのね。……っと、仕事仕事。大丈夫、すぐ終わるわ」

 マスターは話を打ち切り「それじゃあ」と前置きをして仕事の話を始めた。

「まず聞いておきたいんだけど、アルトは武器魔法を使えるの?」

 武器魔法、それは武器とのコネクトによって使用することができる魔法のことだ。

 これは普遍魔法ではなく固有魔法の類で人により異なる魔法になる。

「いえ、まだです」

「あら、そうなの。なら全く別の武器に加工し直すこともできるけどどうする?」

「それは今のままで大丈夫です」

 近々戦闘をしなければならなくなる可能性がある中で大幅に戦闘のスタイルを変えるのは得策ではない。

「じゃあ重さとか長さとかは変えたかったりする?」

「少しだけ今よりも軽くできますか?」

「ええ、任せて」

 実際に戦闘をしてみて分かったことだが訓練の時とは違い大きく動くことが多かった。

 そのため体の重心ができるだけブレないようにするために少しだけ武器を軽くしてもらうことにした。

「他に何かあるかしら?」

「いえ、大丈夫です」

「了解、それじゃあ軽量化とメンテナンスだけするわね。明日の昼には終わるわ」

「よろしくお願いします。あの、代金は」

「んふふ、一回目だからタダよ。次からはお金かかっちゃうけどね」

「ありがとうございます。よろしくお願いします」

「ええ、また明日ね」

 僕がお礼をして部屋を出る時に微笑んで手を振ってくれた。

 マスターに師匠に先輩に、僕の周りには優しい人がたくさんいる。

 優しい人に、大好きな街に恩返しをするために、守るために、僕は今の仕事に就いたんだ。

 そう思うと少しだけ勇気が湧いた。

「おかえり、アルト。早かったね。いつごろ終わるんだい?」

 テーブルの上の書類から顔を上げた師匠はそう言って立ち上がった。

「明日のお昼だそうです」

「そっか、早いみたいでよかった」

 師匠はテーブルの上の書類を鞄にしまった。

「マスターありがとう!今日のところは帰るよ!」

 奥の部屋へ師匠が声をかけるとマスターの返事が返ってきた。

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