第6話 心配と贈り物

 報告書を書いていると、部屋のドアを何者かが不規則的にノックする音が聞こえた。

「はい、今開けます」

 声をかけて扉を開くとそこには緑色の蝙蝠こうもりが飛んでいる。

「ヒヒヒ、アルト、仕事、終わったか?」

 緑色の葉っぱでできた喋るコウモリ、このトンデモ生物は魔物ではなく師匠の連魔れんまで名前はフローズ。

 連魔れんまとは魔力を非常に多く保有できる魔術師に現れるパートナーのような存在らしいが、詳しいことは僕には分からない。

 発現した魔術師は少なく、国内でも十人程度だ。

「いえ、まだ終わっていません。何か御用でしょうか」

「ヒヒ、アルト、カタカタ。カボチャ」

 意味は分からないが声の調子や飛び方からして僕が笑われていることは分かった。

 仕事の遅いやつだと思われたのだろうか。

「差し入れ、食え、ヒヒ」

 床に置いてあった包みを足で掴んで持ち上げ僕に渡してくれる。

 袋の中にはぎっしりとサンドイッチが詰まっていた。パンがカラフルなのはどうしてだろう。

「オレ、リーザに、たのまれた。マスターの、サンドイッチ、ヒヒヒッ」

 この体躯でここまで運んでくるのは大変だっただろう。フローズは意外と力持ちだ。

「ありがとうございます。ところで師匠は今どうしていますか?」

「ヒヒッ!仕事!」

 やっぱり寝てないや、師匠。

 今はまだ業務時間中だが体調に差し支えるので仮眠ぐらいとってほしい。

「そうなんですね。それじゃあ師匠にもお礼を言いに行きます」

「ソウシロソウシロ」

 フローズの持ってきてくれた包みを持ち、僕は師匠のいるいつもの研究室に向かうことにした。

 僕の持った包みの上に止まって羽を休めるフローズはただの葉っぱにしか見えない。

 宿舎を出てまっすぐ歩いたところにあるこのギルドの様々な機能を統括する大きな建物の端にある師匠の研究室。

 この時間は殆どの人が研究棟か工場で働いているためあまり人の気配がない。

 そのせいで石造りの建物の中を歩いていると自分の靴音の響きが気になる。

 廊下の奥の軋むドアを開けると何かの紙面を睨む師匠が目に入った。

「お疲れ様です、師匠。差し入れありがとうございます。寝てください」

「えっアルト!?フローズ!何でアルトが」

「ヒヒヒ、リーザ、休め」

 サンドイッチの入った袋から飛び立ったフローズは師匠の見ていた書類の上に着地した。

 フローズも師匠を休ませたかったらしい。

「師匠は研究者としても魔術師としても一流なので仕事が多いのも分かりますけど、ちゃんと睡眠をとらないと本当に倒れますよ」

「まだ大丈夫だよ。それにギルドマスターが業務中に寝るなんてみんなに示しがつかないし」

「ギルドマスターが自分の健康を管理できないのも問題ですよ。責任ある立場の人が急に倒れでもしたら……ところで師匠、お昼は何を食べましたか?」

「ああ、お昼は……食べてないね」

「サンドイッチ一緒に食べましょう。一旦休憩です」

 そもそもマスターの作ってくれたこのサンドイッチは一人で食べるにしては量が多い。

 きっとマスターも師匠が食事をまともにとっていないことを心配しているのだろう。

「んー……そうだね、いただくよ」

「分かりました。それじゃあ僕はお茶を淹れてきますね」

 立ち上がった僕に返事をした師匠はまた書面に向かっていた。

 師匠の仕事を分担できれば、と考えたこともあったが師匠は納期に追われて仕事をしているのではなく好きでこの仕事をしているのだ。分担はできないし、できたとしても今と同じだけ仕事をするに違いない。

 それに加えて最近はきな臭い話が多い。

 プロバットは大規模な技術開発ギルドだが魔術師が少ないため戦闘となると脆く、たまに外部から戦える人員を一時的に雇ったり、守衛として働いてくれる人を募集したりしている。

 国にとって重要な産業を担うギルドなのに何かあった時に脆いのは良くない。

 エスクドで防御ができるメンバーはいても先のような魔物を倒せるのは師匠しかいない。

 この件に関して、今は僕も協力するが師匠の負担はそれでも多大だ。

 本当にそのうち倒れてしまうのではないかと心配になる。

 そうこうしているうちに出来上がったお茶を持っていく。

 リラックス効果がある香りの茶葉を選んだので食事を終えたら休んでもらいたい。

「ありがとう、アルト」

 淹れ終わるタイミングを見計らっていたのか先程までの書類や机に並んでいた用途不明の金具が片付けられ、食事の準備が整っていた。

 さっきまで机の上にあった物を床に置いただけだが。

「ヒヒヒヒ、オレにも」

「フローズの分もちゃんとありますよ」

 フローズの分はカップではなく底の深い皿に注いだ。

「それじゃあ食べようか」

 師匠の合図で食事が始まる。

 食卓には黄色いお茶とカラフルなサンドイッチが。

「あの、師匠」

「ん?どうかしたかい?」

「このサンドイッチってどうしてパンまで色とりどりなんですか?」

 このサンドイッチは見た事のないカラフルなパンが使われており、見た目が楽しい。

「ああ、何でも生地に果物とか野菜なんかを混ぜて作っているらしいよ。マスターも器用だよね」

 なるほど、それでパンがこんなにもカラフルなのか。

 果物や野菜とのことだがこの黒いパンや青いパンは何から作られたのだろう。

「色と言えば、さっきの戦いで師匠が使っていた杭も色がついてましたよね」

 銀色の杭の先端、平たい部分が青や赤で着色されていた。

「あれは電気を流すと同じ色同士が引きつけ合うようになってるんだ。リインドレイクっていうちょっと珍しい魔物の骨を参考に作ってみたんだけどね」

 魔物の骨を参考にしていたのか。聞いたことのない魔物だ。

「あの魔物は骨が割れてもすぐに元に戻るんだ。骨の割れた部分に電気信号を流すとピタッとくっつくんだよ。その状態で自然回復するのを待つんだ。だから私はその魔物の骨を研究してくっつく仕組みを解き明かしたんだ!まずこの魔物の骨が砕けた時に正確に元の形にくっつくところが気になって……」

 あれ、変なスイッチが入ってしまったのかもしれない。

 両手の平を机に突き身を乗り出して研究について語る師匠は目が輝いていた。

 師匠の話はよく分からない部分もあったが、この人から仕事を取り上げるのは不可能だと言うことはよく分かった。

「リーザ、長い、ごはん」

「そうだったね。……それであの試作機、マグニーチャ二十四型なんだけど、あれは電気を流すと一時的に強い力で引き合う設計になっていて、同じ色の杭二つに電流を流すと効果が現れるんだ」

 フローズが指摘しなかったら永遠に喋っていたのではないだろうか。

 話を止め椅子に座り直した師匠は紫色のサンドイッチを手に取った。

「この杭、アルトにも一組あげるよ」

「え?あ、いや、僕はいいです」

 正直もらっても用途がない。確かに魔物討伐の役には立ったが、あれは師匠の固有魔法あってこそだ。

 同じ用法で使うとしても僕は魔物に直接刺さなければならない。そこまで近づけたならば剣で斬る。

 それに大きな鞄を持ち歩く師匠ならともかくこのサイズを携行したくない。

「いやいや、アルトはトゥルエも使えるよね。だったら持っててもいいと思うよ。何かに使えると思うし……」

 手に持ったサンドイッチを置き師匠は部屋の隅に転がっている銀色の杭を取りに向かおうとする。

 師匠は睡眠だけでなく食事も積極的には摂らない。人には散々摂れと言うのに。

 さっきから黙々と食べているフローズを見習ってほしい。

「師匠、とりあえず今はこれを食べましょう。せっかくマスターが作ってくれたんですから」

「そうだったね。今は食事をしようか。マグニーチャ二十四号は後でプレゼントするよ」

 いや、それはいらない。

 師匠は善意で試作品をプレゼントしてくれることがよくある。便利なものも多いが今回のようによく分からないものもある。

 材料がよく分からないので自分で勝手に処分するわけにもいかないが、かといってくれた張本人に処分方法を聞くことも憚られる。

 政府での職場の近くに借りている僕の部屋には師匠からもらったものが小さな山を築いていた。

「あはは、アリガトウゴザイマス」

 とりあえずお礼を言って食事を再開するのだった。

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