第5話 戦闘と謎
「アルト!来るよ!」
取り乱しては命を失う。冷静に事に当たること。師匠の教えだ。
魔物の動作はそこまで速くはない。
僕と師匠は地面を蹴り左右に跳ねてその攻撃を避ける。
着地に失敗してしまったがすぐに立ち上がり怯える足を叩く。
振り下ろされた魔物の腕は石畳を破壊し土煙を巻き上げている。
こんな攻撃をまともに喰らったらひとたまりもない。きっと死んでしまう。
「この魔物を倒そう。協力してくれるかい?」
師匠が僕をまっすぐに見つめている。
こんな魔物倒せるわけがない、なんて考えてる場合じゃない。
恐怖に勝って師匠の期待に応えるんだ!
「了解です!コネクト!」
コールクォーツを使った剣に魔力を流し込む。そうすることで魔術師の持つ武器は力を発揮し、使用者の身体能力も向上させる。
弱る気持ちを奮い立たせ敵を視野に捉える。
緩慢な動きで引き上げられようとした右腕に飛びかかり斬りつけると表面に付着していた岩石をなんとか割ることができた。
岩の破片がボロボロと剥がれ落ちる。
本体と思わしき黒いドロドロの部分は掠めただけだったが相手の硬さは把握できた。
「腕を上げたね、アルト」
師匠は鞄から中に液体の入った透明な瓶を取り出した。あの瓶の中身は触れたものを溶かす毒である。
師匠の武器は鞄。鞄から散り出した道具を操って戦うのだ。
「
蓋を開け、逆さにした瓶から流れる液体を魔法で固め、剣に形状を整えて構えた。
液体を固めて作った剣で魔物の脚を横一文字に切り払うと斬りつけた部分が泡を出し始める。
師匠の攻撃が当たった部分の岩石が溶けて無くなったが本体にダメージがないのか魔物は何の反応も示さない。
「硬度は上がっているけれどあれは普通の岩みたいだね。でも黒いところはこれが効かないみたいだ。私が装甲を溶かすからアルトはあの黒い部分を攻撃してくれるかい?」
「任せてください!」
「無理はしないでね。
師匠が毒を固めて作った剣を相手の頭上へ投げると剣は液体となり魔物に降り注ぐ。
師匠はその水滴をコントロールし、頭上から順番に相手の岩石を溶かしていく。
僕は魔物に駆け寄り師匠が斬り払って岩を溶かした部分に足をかけて跳躍し、先ほど岩石を剥がした右腕に剣を突き立て飛び移る。
「オァァァァッッ!」
悲鳴を上げるように吠える魔物は僕を振り落とそうと右腕を振る。
やはりこの黒い部分には攻撃が通るみたいだ。
振り落とされないようにしがみついていると魔物は攻撃を仕掛けてくる。
剣を引き抜き僕をめがけて伸ばされた魔物の左腕を踏み台にして魔物の頭上、岩石の溶けきった頭に剣を突き刺した。
「ガッ、グガアァァッッ!」
途端に魔物が暴れ出す。攻撃は通っているみたいだが、このままでは振り落とされてしまう。
「アルト!そこから離れて!」
僕がエスクドを足場にして暴れる魔物から離れると師匠は魔物の四方をエスクドで囲いこちらへの攻撃と建物への被害を防いだ。
脳天を突き刺したはずだが魔物は未だ力強く暴れ、叫んでいる。
「怪我は無いかい?」
「はい、大丈夫です。ダメージはあったようですけどまだ元気ですね。首を刎ねればいいでしょうか」
「ん、まあ、それがいい、のかな。私があいつの動きを止めるからアルトは攻撃してくれるかい?くれぐれもかかりすぎないようにね」
「分かりました」
新しく師匠が鞄から取り出したのは銀色の杭だ。ただしそれはただの杭ではなく、中程から先端にかけていくつか大きな返しがついている。
先ほど机に並べていたものと似ているが形が違う。
それを合計十本取り出したのだが、この杭は結構大きい。どうやって収納していたのだろうか。
「動きを止められるのは少しだけだから、よろしくね」
操られ動き出した杭は防壁の隙間から魔物に近づき、五本は地面に、もう五本は魔物の体に刺さった。
魔物はというと杭が刺さったことを全く意に介していないかのように暴れ続けている。
「セグ・トゥルエ・レティー」
師匠は魔法で微弱な電撃を十発放った。放たれた電撃は放物線を描き打ち込まれた杭全てに命中する。
電撃を浴びた杭が仄かに発光すると魔物は地面に倒れ込み動かなくなった。
いや正確には動けなくなった、だ。魔物に打ち込まれた杭と地面に打ち込まれた杭がくっつき、魔物の動きを封じているのだ。
「アルト!」
師匠の声が聞こえると同時に移動を開始する。
エスクドで足場を作り、魔物の上げた土煙の中を駆け抜け首元に到達する。
「はあッ!」
剣に目一杯の魔力を流し込み一閃すると魔物の首の前半分を斬ることができた。
すると傷口から大量に黒いドロドロが流れ出し、杭の拘束に抗おうとしていた四肢から力が抜けているのが確認できた。
だが油断は禁物。注意を途切れさせることなく師匠の元へと戻った。
「ありがとう、アルト。怪我はない?」
「はい。ありがとうございます!」
実際のところ師匠のおかげで怪我を一つもしていない。
師匠は僕に戦闘の経験を積ませてくれたのかもしれなかった。
「そうだ、他のところは大丈夫かな。とりあえずうちの区画だけでも確認するよ」
魔物から目は逸らさずに通信魔法で区画内の魔術師に連絡を取り始めた。
周囲から戦闘音は聞こえてこないので、他の魔物はいないか、いてもあまり大きくはないだろう。
念のため周囲を見渡してみるが不審な物体は何も無い。区画の被害も石畳の舗道が破壊されたぐらいだ。
「とりあえず一安心かな。うちでは他に魔物は出てないみたいだ」
「よかった。それじゃあ皆さん無事なんですね。……ところであの魔物って何なんですか?見たことも聞いたこともないです」
「うーん、なんだろう。魔物についてはそれなりに詳しいと思っていたんだけどね……って!」
師匠は顎に手を当ててこの魔物が何なのか考えようとしていたが、魔物の体に起こった変化に目を見張っていた。
魔物から白く小さい光の玉がぼんやりと浮かび、空中に混ざっていく。
「師匠、あれって」
「うん。どうやらただの魔物じゃなかったみたいだ」
あの光は魔術師が亡くなったり魔力で構成されたものが消える際に発せられる光で
魔術師の体は魔力で構成されるため、魔術師が亡くなると魔力を繋ぎ止めることができなくなり、魔術師が保有していた魔力や体が空中へ溶けるらしいのだ。
しかしあれは魔物。魔術師ではないはずだ。
やがて光の放散が収まると魔物がいた場所には一匹の熊の死骸があった。
「あれ、あの魔物って」
「ミェルベアだね。その辺の山にいるおとなしい熊だ」
各地に現れた魔物になる白い箱、そして魔物の正体がただの熊だったこと。
これは自然に起こることではない。
絶命している熊を観察していた師匠が何かに気づいた様で僕の肩を叩き熊を指差した。
「見てごらん、熊の傷を。アルトはさっき魔物の首を斬ってたけど、あの熊にはどこにも切り傷がない。後頭部が陥没しているからそれが致命傷になってたんだろうね」
師匠の言う通り熊の体にはどこにも切り傷がない。損傷は頭部の陥没一か所だけである。
「アルトはミレーネに事の次第を報告してくれるかい?」
熊に近づきしゃがむと師匠は熊をさらに調べ始めた。
通信魔法は口や耳を使わずに意思を伝達するもので魔術師ならば少し練習すれば簡単に利用できる魔法だ。
主な利用目的は離れた相手との交信である。あまり遠くにいる相手とは話せないが国内であれば大体やりとりができる。
(そちらは無事か?)
開口一番こちらの心配をしてくれる。多少妙なところはあるけれどやはり先輩は優しい。
(はい。人的被害はありません。先輩は無事でしたか?)
(ああ。我のところには魔物は現れなかった)
(魔物、というと先輩はもう今回の件について知っていたんですか?)
(情報をまとめるように言われてしまってな。さっきからひっきりなしに連絡が来る)
(そうだったんですか。では手短に話します。……白い箱から現れた巨大な人型の魔物を撃破しました。……被害は舗装路の損壊のみ、魔物は
(報告感謝する、メモも取れた。他に現れた魔物も対処できているから大きな被害は今のところない。だがまだ分からないことも多いし、危機が去ったのかどうかも判然としない。十分に気をつけるのだぞ)
(ありがとうございます。では失礼します)
通信を終えて師匠へ駆け寄ると、師匠も調査を終えたようで立ち上がった。
「ざっと観察してみたけど、これ以上おかしな点はなさそうだね。念のためエスクドを使えるメンバーを集めてもう少し経過を観察してもらうけど。じゃあこれでひと段落だね、お疲れ様。魔力を消耗したと思うし、ちゃんと食事と睡眠をとってね」
「はい、お疲れ様です!でも睡眠を取らないといけないのは師匠もですよ。昨日も徹夜したんじゃないですか?」
いたずらがバレた子供のように視線を泳がせ頬を掻く師匠に念を押し、僕は食事と報告書作成のため自室へ引き返した。
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