第18話 最期の記憶
連れられてたどり着いた場所はいるだけで気分が悪くなるような場所だった。
所々黒く染まった地面、重苦しい空気に形容し難い酷い臭い。
ライラさんの持つ二つのランタンで確認できたのは井戸と石造の小屋。
「あの井戸も小屋もここにきた時からあったんだ。あ、井戸は水とか汲めないよ。それじゃあ、全部教えちゃうね」
近くにあった何かの廃材に腰を下ろしたライラさんは私にも座るように勧めたが、私は座る気にはなれなかったので立ったまま聴くことにした。
「私の親はね、医者だったんだ。薬の開発に特に熱心でね、診療と勉強ばっかりしてたんだ。二人ともそんな調子だから寂しかったんだけどね、病気で苦しむ人を救うんだって頑張ってるのが何だか眩しくて、家事くらいしかできなかったけど応援してたんだ」
昔を懐かしむように、ゆっくりと語られるライラさんの過去。
あくまでも両親の助けになりたかったのであって、医者になりたいわけではなかったこと、寂しいながらも幸せな日々、流行り病の解決のために躍起になる両親。
「でもね、二人もその病気に罹っちゃったんだ。でね、お父さんが言ったんだ。お前が私たちの研究を受け継いでいてくれていれば報われたのにって。その時気づいたんだ。人の死を無駄にしない方法。……そういえば、私の固有魔法の話をしてなかったよね」
立ち上がって私の手を取ると微笑んだ。
「私の魔法、
そういえばライラさんはよく私の考えを読んだような行動をしていた。あれはそういうことだったのか。そして何となく、この話の続きも分かってきた。
「私はこれでお父さんとお母さんの記憶を読んだんだ。それを基にしてたくさん勉強した。それでね、完成したんだ。特効薬が。お父さんとお母さんは助からなかったけど、私が受け継ぐよって言ったら笑顔になってくれたんだ」
その後、特効薬を開発した成果と類稀なる学習能力が評価されてプロバットで製薬の研究をさせてもらえることになった。しかし両親の遺した記憶と資料で得られた成果だけでは限界があった。研究に行き詰まったライラさんは禁足地の噂を耳にした。
「リーザちゃんも知ってるよね?禁足地の壁の隠し扉が花畑にあるって噂」
プロバットの中でも聞いたことがある有名な噂だ。ただしあくまでも噂。実際に扉を見つけた人は誰もいない。
「あれね、ほんとなんだ。でも扉を見つけて開けるのに特別な魔法が必要でさ。花畑に石碑があって、そこに埋まってた本に書いてた」
「その本はどうしたんですか?」
「それは秘密!」
「そうですか」
戯けた口調のライラさんが何だか気持ち悪い。
それからライラさんは禁足地での実験を始めた。夜な夜なギルドを抜け出しては攫った人を使って実験を繰り返したと言う。
いつも昼まで寝ていたのはきっとそのせいだろう。
「
ライラさんはにっこりと微笑む、いつもの優しい笑顔がこの時ばかりは悪魔のように見えた。
「私のお手伝いしてほしいな」
お手伝い?お手伝いってもしかして。
「私の助手になってよ」
「……っ、こんなのダメですよ!私が話さなければ誰も分かりませんから、もうこんなことやめましょう!」
何言ってるんだろう、私は。ライラさんは大勢の人間に手を下しているのに。
私は今でもライラさんのことが好きだった、嫌えなかった。離れたくなかった。
「政府の人だって他の国と戦えば何人も殺すんだよ?ただ殺すだけ。だったら私のやってることの方が良いことだと思わない?」
「それは……どっちの方がいいとかそう言うのじゃないです、ダメなことです!」
難しいことも理屈もよく分からないけど、これは分かる。
「ライラさん、もう終わりにしましょうよ。こんなの絶対にダメです」
「リーザちゃんでも分かってくれないんだ」
ライラさんの剣がランタンの光を反射しギラリと煌めく。どうしてこんなことに。
「やめてください!ギルドで普通に働きましょうよ!もうこんなところに来ないで、一緒にっ」
「それは認められない」
突然誰かの声が聞こえた。
その人物は暗闇の中からこちらへ歩いてくる。
「ライラ・メネレイジェ、お前はここで裁かせてもらう」
「リテュールさん……!」
暗闇から現れた女性、リテュール・ウルドレアはフラスティエ政府の元帥、つまりはこの国の元首だ。
そんな人がどうしてこんなところに。
「
取り出した水晶玉が錫杖に変化した。
「ッ……!」
「動くな」
攻撃の矛先を変えリテュールさんに剣を向けようとしたライラさんだがピタリと動きが止まる。
魔法で何かをされて動けないらしく、ライラさんは苦しそうだ。
「武器を下ろせ」
言われるがままにライラさんは剣を納める。まるで抗いようのない力に体を支配されているかのように。
「さて、いくつか質問させてもらう。反抗的な態度をとった場合は罰を下す。まずそこの少女、リーザ・エルディーレク。彼女はお前の罪に加担したか?」
どうして私の名前を。
「してないよ。さっき勧誘したけどフラれちゃった」
あくまでも余裕そうに答えているが、先ほどから指先一つ動かせていない。
私はと言うと得体の知れない気迫に圧され何もできずにいた。
「お前は攫った人間を道具とし非人道的な実験を行っていた。そうだな」
「確かに人は連れてきたし実験もしたけど、道具だなんて思ってないよ」
「実験に際して被験者の同意は得たか?」
「それはなかったけど、でも」
「ここまでの移動はどうしていた。人ひとり担いで通っていたわけではあるまい」
「それは……」
「詰まるな、正直に話せ」
「名前は、分かんない。今どこにいるのかも。でもその人の魔法で運んでた」
「その人物の容姿は」
「長い黒髪の痩せた男」
「質問を変える。神隠しと呼ばれる一連の事件の犯人はお前か?」
「私が犯人になってるのもあるけど、全部じゃないよ」
「聡いな。では次で最後にしよう。ここへどうやって入っていた」
「花畑の隠し扉」
「嘘はない、か。もう結構だ、処刑を行う。国の発展への多大な寄与があったことを考慮し、一瞬で済ませる。最期に何か言い遺すことはないか?」
処刑?言い遺すって?最期?それじゃあまるでライラさんが殺されるみたいだ。
殺される?ライラさんが?
「ま、待ってください!」
「咎人の肩を持つのか?」
「リーザちゃん……」
「確かにライラさんは悪いことをしたかもしれないけど、殺すなんてそんなのっ!」
勝算はなかった、でも何もしないわけにはいかなかった。
ライラさんがいなくなるなんて、死んじゃうなんて、そんなの耐えられない。
「罪には罰を、当然のことだ。ライラ・メネレイジェは罪も敵意もない多くの人間の生を蔑ろにした。それが罪であることに疑いの余地はない。命一つで済むのはそれ以上がないからだ」
「でも!」
「改めて、言い遺す言葉はないか」
「うわあああぁぁぁ!」
剣を抜きリテュールさんに飛びかかる。
ライラさんを守るためにはもう手段がない。
「うあっ!」
しかし杖の一振りで私は呆気なく弾き飛ばされてしまう。
私ではても足も出ないのだろうか。
「リーザちゃん!トーン・フォルト!」
リテュールさんに向けてライラさんが炎で攻撃するが、エスクドで呆気なく防がれてしまった。
「反抗的な態度をとった場合は罰を下すと言ったはずだ。
「がッ!ああああっ!」
何が起こったのか全くわからなかった。
突然ライラさんが血を吐いて苦しみ出した。
さっきまでの動けなくなる魔法が解かれたのか地面をのたうち回っている。
「ライラさん!ライラさん!」
「うっ、ああ!」
思わず駆け寄るがこんなに苦しそうなライラさんは見ていられない。
「痛いんですか!?今痛み止めを」
ライラさんの隣に座り込み介抱しようとするがライラさんは私の手を握りそれを止める。
「う、あ、ハァ……だ、だい、じょぶ、だよ。ハァ、ガフッ」
大丈夫なわけない、こんなに血を吐いて、痛がって。
なんとか助けないと。ライラさんと二人でギルドに帰らないと。
「一緒にいれて、楽しかったよ。げほっ、げほっ……はぁ。ごめんね」
そこまで言うとライラさんの目から涙が溢れる。私の目からも溢れるからもう顔がよく見えない。
ああ、大丈夫ってそう言うことか。自分がもう助からないって。
「もっと、一緒にいたいよ。リーザちゃん、だいすきだよ」
「ライラさん!私も、ライラさんのことっだいすきです!もっと一緒にいたいですっ!」
返事はなかった。ライラさんはゆっくりと笑うとそのまま目を閉じた。
「ライラさん!ライラさんっ!」
「
次の瞬間、目の前からライラさんの姿が消えた。
そしてあたり一面から魔梢光が立ち上る。まるで川辺に集まる蛍の群れのように。
「ライラさん……っ、うわあああん!」
もう泣くことしかできなかった。悲しくて寂しくて。
温かさと重さを失った手のひらと魔梢光が何を意味するのか、それが分かるからだ。
魔梢光が消えても私は動けずにいた。
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