第16話 不安の記憶

 頭がぼうっとする。

 お腹すいたな。朝ごはん食べないと。

「う、いったぁ……」

 何気なく体を起こそうとすると腹部に痛みが走る。

 その痛みでようやくリインドレイクと戦ったことを思い出した。

 私は多分その戦いの後で気を失ってしまったんだ。

 ここはいつもの寝室、きっとライラさんが私を運んでくれたんだ。

 それなのにライラさんはここにいない。お礼を言わないといけないのに。

 大人しく横になっていようかと思ったところで隣の部屋の扉が開き誰かが入ってきた。

 その人物はそのまま寝室へ入ってきた。

「あああっ!リーザちゃあん!」

「ぐえっ!いったたた」

「うわあ、ごめん!」

 部屋に入ってきたのはライラさんで私を見るなり飛びついてきた。

 飛びつかれた衝撃で痛みがぶり返し少しだけ涙が出てしまう。

「ううぅ、ライラさん……」

「ごめんねー、リーザちゃん。目が冷めてたから嬉しくってつい」

 そういったライラさんの目の下にはクマができてしまっていた。

 普段昼まで寝ているライラさんにクマができているのなんて初めて見た。

「ライラさん、寝てないんですか?」

「あはは、ちょっと色々あってね。ごめんね、起きた時そばにいてあげられなくて」

 自分だって珍しく忙しいはずなのに私を気にかけてくれるのは嬉しい。起きた時にいなかったのはちょっとだけ寂しかったけど。

「そんな、私の方こそいっぱい迷惑かけてしまってごめんなさい。えと、何かあったんですか?」

「あー、えっとね。ニイアが行方不明になっちゃったって」

「ニイアさんって、確か休職中だった」

 ニイアさんは研究所で働いていた人物で昨年から病気の療養のため休職していた。

 男勝りな性格でいつも堂々としていた彼女が病気になったので誰もが驚いていた。

 どうやら定期的にお見舞いに行っていた同僚が彼女の家に行くもそこには誰もおらず、いくら待っても帰ってこなかったらしい。

 何人かで探し回ったり近所の人たちに聞き込みをしたものの何の手がかりも得られなかったとのことだ。

 ライラさんも私の治療を終えてからすぐに寝る間も惜しんで捜索に協力しており、徹夜を重ねていると言う。

「それって神隠しなんじゃ」

 神隠しとは国民が突然消えてしまう事件のことだ。この国が王国から軍事国家になった時から発生し続けているとか、秘密組織の陰謀だとか、未知の魔物によるものだとか色々な噂が広まっている。

「神隠し、かぁ」

「そうだ、禁足地!禁足地にいるお化けが人を攫って食べてるって!」

 これは何年か前に町の子供が話していた噂だ。

 政府が立ち入りを禁じている森、禁足地にはお化けが住んでいて夜になっても起きている子供を攫ってしまうというものだ。

 パッと思いついたことを話してみたものの、この話は随分突拍子もない。

 落ち着いて今考えてみるとこれは躾けのためにその子供の親が言っていただけではないのだろうか。

 そう考えると恥ずかしい。ただの作り話で私が何度おねしょをしたことか。

 案の定キョトンとしたライラさんは笑った。

「あはははは!リーザちゃんらしいね!あっははは!」

 私らしいとはどういうことか。

 墓穴を掘った。顔から火が出るようだ。

 恥ずかしくて顔を俯かせながら、うーと唸っていると笑いが治まったライラさんが話を続ける。

「まあでも、申請したんだよねー、あそこの調査」

「えっ、どうして」

「私も聞いたんだよ、お化けの噂。手がかりも全然ないし、とりあえず調査しちゃおうって思って……あ、大丈夫だよ。私一人で行くから」

「一人でって危ないですよ!そんなの!私も行きます!」

 神隠しはこの国で長年続く事件だ。災害と言っても差し支えない。

 これまでの長い歴史の中で何度も解決が試みられてきたが未だ事態が前進していないのだ。

 きっとこの事件の元凶はどうしようもない何かだ。

 そんな相手にライラさん一人で立ち向かうなんて無謀すぎる。

「だーめ。一人でって申請しちゃったし、それにそんな危ないかもしれないとこにリーザちゃんを連れてけないよ」

 ついこの間危ないところに連れて行かれてこうして怪我をしたのだが。

「でもやっぱり一人よりも二人の方が」

「大丈夫だって。だいたい申請が通るかも分かんないし、行っても何もないかもだから」

 ライラさんの言ってることを聞くと禁足地が危険なのかそうじゃないのかが分からない。

 それもそのはずフラスティエ政府は禁足地への立ち入りを固く禁じておりそこに何があるのかは全く分からない。

 そのため政府がなぜその土地を禁足地としているのかが分からないのだ。

 あの土地には何があるのだろうか。

「それよりもさ、私ちょっと寝ちゃっていいかな?一緒に寝ない?」

「私はさっきまで寝てたので、ご飯食べたいです」

「そっか、じゃあ痛み止めだけ射っちゃうね」

「えっ、注射ですか?」

「今持ってくるからちょっと待ってね」

 そう言ってライラさんは研究室に戻ってしまった。

 痛みを鎮めるために痛い思いをしなければいけないなんて。

 

 *

 

 ライラさんの痛み止めはちょっと効きが良すぎる。

 さっきまで感じていた痛みがもう和らいでいるのだ。

 その代わりに若干頭がぼうっとするが。

 ゆっくりと廊下を歩き食堂へ向かう。道すがらすれ違った人は私のことを心配して声をかけてくれた。心配をかけてしまい申し訳ない気持ちもあるが声をかけてくれてありがたい気持ちが勝る。

 それは食堂についてからも同じでたくさんの人が私に声をかけてくれた。

 私はギルドの仲間に囲まれながら、食事を楽しみ空腹を満たした。

 さて、私が食堂に来たのにはもう一つ目的がある。

 それは情報収集だ。神隠しや禁足地について例え噂程度の話でも集めておきたかった。

 神隠しについては現在調べている人も多くたくさんの情報が集まった。しかし禁足地についてはほとんど情報が集まらず、禁足地の話を聞いた人は皆一様にキョトンとしていた。

 やっぱりあの話はただの躾だったのだろうか、恥ずかしい。

 しかしライラさんがこのタイミングで調査の申請を出したのだから全くの無関係とは思えない。

 ライラさんの研究室に戻り集まった情報をまとめてみる。

 まず神隠しはこの国が軍事国家になった頃から続く現象であり、年間十数人が消えている。

 とはいえ正確な統計はなく年によって大きなばらつきがあるとのことだ。

 また、比較的悪人や病人が消えることが多いとのことだ。悪人は単純に政府から逃げただけかもしれないが、自力での移動が難しいような病人まで消えている。

 消える人の法則性を考えれば対策がしやすい、誰が消えるのかについてはもっと調べる必要がありそうだ。

 人が消える瞬間を見た人はいない。そして行方不明になる前兆も見られない。

 行方不明になる過程も理由も不明だ。

 この国に長年残る謎なのだ、分からないことも多いがこれから少しづつ調べよう。

 そして禁足地について。

 夜な夜な獣の声が聞こえる、血で地面が真っ黒に染まっている、国への叛逆を企てた者が埋まっている、すぐ横の花畑は人を養分にしている、その花畑の隠し通路から中に入れる、など。

 獣の声については分からないが、他の情報は誰かの憶測だ。

 禁足地は高くて立派な壁に囲まれ、魔法による結界が何重にも作られている。そして入口は政府が管理している扉のみで鍵がいくつもかけられている。そのため中の様子を覗くことさえ不可能だ。

 だから憶測ばかりが飛び交っている。どうにかして中を調べようとした人もいたらしいが、全員政府に捕まり厳重な処罰を受けている。

 注意でいいのに処罰までするなんて、禁足地には政府が何かを隠しているのかもしれない。それが神隠しに関係があるのかは不明だが。

 関係があるとするならば国が恐ろしいことをしていると想像できてしまう。

 もう少し情報を集めたいけれど、禁足地について調べていることが政府にバレるとどうなってしまうか分からない。

 でも私はライラさんの役に立ちたい。あんな人だけど身寄りのない私を育ててくれたんだ。

 私はライラさんの仕事を手伝う傍ら、少しずつこっそりと情報収集をすることにした。

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