第15話 試練の記憶
肌を焦がすような日差しを浴び、重い足を一歩一歩前へと進める。
私とライラさんはフラスティエのはずれの荒地にいた。
地面はひび割れ、背の高い草がまばらに生えている。
「リーザちゃん、もうちょっとだよ!」
目の前に見えてきた小高い丘を指してライラさんは剣で草を切り倒し道を作ってくれる。
指差す先にはこの辺りではあまり見られない背の高い木が生えていた。
依頼にあった泉はもう目と鼻の先だ。
今私たちがこんな場所に来ているのはライラさんが魔物討伐の依頼を受けたからだ。
私のコネクトも上達してきたので実戦経験を積ませたいのだという。
だからと言ってどうしてこんなに遠出しなければならなかったのだろうか。
「おっ、いたいた」
丘の天辺に近づいたライラさんが身を屈めるので私もそれに倣う。
丘の向こう、泉のある緑地にいたのは巨大なトカゲだった。
形は確かにトカゲだがその体は透明でブヨブヨしている。
おまけに骨や内臓が透けていて気持ち悪い。
「うえぇ……あれがリインドレイクですか?」
「そうだよ、それじゃあ実戦スタートだね」
「え……」
「先頭の基本を忘れないこと!頑張って!あ、危なくなったらすぐ戻ってね」
あの魔物、グロテスクな見た目の上に人よりもずっと大きい。内臓や血管などが見えるのも嫌だが個人的には瞼が透明で血走った目玉がギョロギョロしているのが気持ち悪い。
いくら何でもあんな相手に近づきたくない。
「もうちょっと考えてから行きます」
「おー、冷静」
単にあれに近づきたくなかっただけなのだが、確かに闇雲に立ち向かうよりも相手を観察して勝ち筋を見つけてから戦うべきだ。
今回戦う相手はリインドレイク。不死身トカゲとも呼ばれる種で個体数は極めて少ない。
その肉はほぼ水で構成されており、切ろうが潰そうが立ち所に元に戻る。そして骨は折れたり砕けたりしてもすぐに元の形に戻ってしまう。
弱点は内臓や頭部と体を繋ぐ管だ。しかし見た目ではわからないがその周囲の肉は非常に固く、この剣が有効かどうかは分からない。
俊敏性は決して高くないが厄介なのはあの水のような肉だ。
リインドレイクは口ではなく体から捕食を行う。獲物を水のような体に取り込んだ後、体を使って咀嚼する。あのブヨブヨの体は液体化した筋肉のようなものであり、あらゆる方向に力を加えることができるのだ。
そしてあの巨体だ。力はもちろん強く、体に刺さった剣が折られてしまう可能性も十分にある。
作戦としてはまずリインドレイクを水場から引き剥がす。そしてその時にできるだけ体の肉を剥がす。剣を深く刺すようなことはしない。
リインドレイクの肉はそのままその個体の戦力になり得るため削るに越したことはなく、最終的に内臓を破壊するにしても首を斬るにしてもそれは必須になるだろう。
ホセがなければならないのが泉から水を補充されることだ。リインドレイクは体の肉を欠損しても水さえあればすぐに元に戻ってしまう。そのため泉からは引き離す。
そして前足を中心に素早く削っていき、リインドレイクの体が細くなったところで内臓や首を狙い仕留める。
「リーザちゃん、大丈夫?」
「へ?」
「いやぁ、ずっと動かないからさー。また今度にする?」
「いえ、大丈夫です」
私は立ち上がり泉へ降り立った。
こちらに気づいたリインドレイクは寝そべったままこちらを一瞥した。
このまま泉に近づけばすぐにでも威嚇や攻撃をしてくるだろう。
まずは泉から引き剥がす。
「コネクト」
泉に近寄り剣を構えるとリインドレイクはこちらを威嚇するように吠え、その巨体からは考えられないような速度で突進してきた。
「っ、エスクド!」
敵は私の展開した防壁に勢いよくぶつかったが全くの無傷のようで、頭を振り下ろし、いとも容易くそれを砕いた。
エスクドがこんなに簡単に破られるだなんて、私ではこいつに勝てないのかもしれない。
だが弱気になってはいけない。戦いの場では決して心を揺らしてはいけないのだ。
泉から敵を引き剥がすためには私が撃退すべき脅威であることを示さなくてはならない。
「トゥルエ・フォルト!」
魔法の雷撃で敵を貫く。敵の水分をいくらか蒸発させると電気は水面についていた尻尾を伝って泉に流れ込んだ。
リインドレイクは体から煙を出しながら尻尾を使って泉から水を吸い上げている。
今なら激しい攻撃ができないはずだ。
地面を蹴って大きく間合いを詰めると、敵は私を弾き飛ばそうと前足を突き出す。
しかし前足での攻撃は予測済みだ。
「やぁッ!」
勢いをつけて地面を滑りながら剣を寝かせ、肉を削ぎ落とすように振るう。
削げ落ちた肉はそのまま水となり地面へと染み込む。
立ち上がる勢いのまま踏み切り、後ろ足の肉も削ぎ、さらには水を補給していた尻尾を切断することにも成功する。
悲鳴を上げた魔物から一旦距離を取ると切り落としたはずの尻尾や足の肉が再生されてしまった。
その代償か体が少し細くなってしまっている。
だがリインドレイクはもう尻尾での補給はしなかった。
どうやら私を排除しなければならない敵だと認識してくれたらしく、唸り声を上げて後方の私を睨みつけている。
あと一押しだ!
「たああっ!」
敵に駆け寄り剣を振り下ろす。
剣はこちらへ振り向こうとしていたリインドレイクの鼻先を切り落とす。
剣を翻して顎の下も削ったところで距離をとり相手の出方を窺う。
攻撃された部位を補修するとリインドレイクは怒りのままにこちらへ突っ込んできた。
あの大きな図体で一番厄介なのはこういった力技だ。
「エスクドッ、セグ・トゥルエ・フォルト!」
突進を受け止めるための防壁を展開しつつ強力な追尾雷撃を上空に放つ。
土煙を上げて防壁にリインドレイクが衝突した瞬間、アーチを描いた雷撃が敵の体に命中した。
バリバリと空気を裂く音が轟くとそこには煙を出して倒れるリインドレイクの姿があった。
「あ……やった?」
緊張の糸が切れてその場にへたり込みながら肩で息をする。
ちょっと無茶な魔法を使ってしまったので頭がふらふらする。
(まだだよッ!気をつけて!)
「え?」
ぼんやりとした目で敵を捉えようとしたその時、腹部に鈍い痛みが走る。
「うっ、がアッ……!」
そのまま後方へ弾き飛ばされた私は、リインドレイクが残り少ない体で首を伸ばし剥き出しになった頭蓋骨で頭突きをしたのだと理解した。
それを理解した瞬間、今度は背中が地面に叩きつけられる。
「ぐぅ、ゲホッゲホ!」
「リーザちゃん!」
衝撃で肺がダメージを受けて呼吸がうまくできない。
肺にあった空気と一緒に鉄臭い血まで口から出てくる。
痛い、不快だ。そう思うくらいにしか頭が働かない。
ようやく呼吸ができるようになった頃、骨も内臓もほとんど剥き出しになったリインドレイクが敵意を剥き出しにしてこちらへと迫っていた。
不死身トカゲとは言えあれだけのダメージを受けて肉のほとんどを蒸発させてしまっているのだ、その足取りはふらついている。
しかし今の私にとどめを刺すには充分だろう。
油断してた、ここで死んじゃうのかな。
全てを諦めようとした時、手に触れるものがあった。
それは剣、ライラさんにもらった剣だ。
相手だってもうボロボロだ。これを脳天に叩き込めば確実に倒せる。
剣を杖に勇気を振り絞ってろくに力の入らない足で立ち上がる。
「はぁ、はぁ……コネクトっ」
「リーザちゃん!?戻って!」
もう使える魔力なんてないはずなのに無理矢理コネクトをかけて体を動かす。
動けるのはほんの僅かだ。
地面を蹴飛ばし一息に距離を縮める。感覚についてこられない体がもどかしい。
近づかれたリインドレイクは先ほどと同じように再びこちらめがけて頭突きを敢行する。
大当たりだ、これを待っていた。身体中の残り少ない水を攻撃のためだけに首に集めるこの瞬間を。
右前に逸れながら剣の刃を敵の頭蓋骨にぶつける。私もまた持てる魔力のありったけを刀身に注ぎ込んでいた。
そのせいなのか剣に魔力を吸われるような感覚がした。
剣は頭蓋を引き裂き、脳を両断した。
リインドレイクの頭部が上下に分かれた瞬間、体の肉となっていた残りの水はその支配から解かれた。
水が地面に染み込むとそこには骨と臓物だけが残される。
これで私の勝ちだ。
「リーザちゃん!リーザちゃん!」
ライラさんの呼ぶ声が聞こえる。
こちらへ来てくれているはずのその声はゆっくりと遠ざかっていった。
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