第14話 日常の記憶

 ライラさんはあれから少しずつ仕事の合間を縫って(仕事ではなく休憩の方が正しいと思うが)戦闘について、そしてプロバットの仕事についても教えてくれた。

 習っている私が言えた義理ではないが仕事を教えるよりも仕事をしてほしい。

 知識を吸収し、戦闘や魔法の訓練を重ねていたある日の夜、来客があった。

「ライラちゃん、久しぶり。武器、持ってきたわよ」

 がっしりしていて長身の男性、しかし話し方は女性っぽい。見たことのない人だ。

 持っている剣は短めの両刃で刀身がほんのり青い。

「ありがとー!こいつが報酬だぜ、持ってけドロボー!」

「んふふ、またよろしくね」

 ライラさんが投げた皮袋を受け取ると、その男性は中身を全く確認せずにそれをしまった。

 信頼関係があるからだろうが、ライラさんと親しいのならば単にいい加減なだけかもしれない。

 そんな失礼なことを考えていると男性がこちらを向いた。

「あなたがリーザちゃんね。話は聞いてるわ。何か困ったことがあったらいつでも相談に来てね。うちは酒場だけど、ちっちゃい子も歓迎するわよ」

 よかった、まともそうな人だ。失礼なことを考えてしまってごめんなさい。

「ありがとうございます」

 男性は私に手を振ると部屋を出て行ってしまった。

「よおっし!リーザちゃん、こっちおいで」

 呼ばれるままにライラさんのところへ行くと、さっき男性が机の上に置いていった剣を渡された。

「これは魔術師のための武器、リーザちゃんのだよ」

「え……いいんですか?」

「うん、師匠からのプレゼントなのだー」

 師匠……確かに今のライラさんは師匠っぽいかもしれない。

 相変わらずふざけているような調子ではあるが。

「ありがとうございます、師匠」

「え、あ、うーん……師匠って言われるとなんか、私もっと若いし。先生?いや、先輩。あっ、そうだお姉ちゃん。そう、私のことはお姉ちゃんと呼びなさい」

「え、でもお姉ちゃんって感じじゃ……」

「あと、寝ぼけてる時もママじゃなくてお姉ちゃんと呼びなさい」

「うぇっ!私そんなこと言ってませんよ!」

「ふふふ、言ってたぞ〜甘えん坊ちゃんめ〜……まあ、それはともかく」

「やっ、ちょっと待ってください!」

「明日からはコネクトの練習をするよ」

 コネクト……特殊な武器に魔力を流し込み、武器の性能と使用者の身体能力を強化する魔法だ。

 この魔法が使えるなら本格的な戦闘をすることができる。

 それはつまり師匠、もといライラさんが私が戦闘に参加することを本格的に認めたことになる。

「ありがとうございます、ライラさん。私頑張ります」

「うんうん、威勢があってよろしい。お姉ちゃんは嬉しいよ」

 呼称の話題をまだ引きずってる。なんとかして忘れてもらわないと。

「ところで、もう遅い時間ですし、寝ませんか?」

「ん?あっ確かに。それじゃあ寝る前にトイレ行っておいで」

「はーい」

 ギルドマスターの部屋からトイレまでは結構遠い。この時間は建物に誰もいないから灯りも点いていなくて少しだけ、いやかなり怖いがライラさんに付いてきてもらうと絶対にからかわれるので我慢して歩くことにする。

 カツン、カツン、と自分の靴の音だけが廊下に響く。

 すぐにでも部屋に帰りたかったが、またおねしょをしてライラさんにからかわれるのも嫌だったので勇気を出して歩く。

 ランプをぎゅっと握り締め体を縮こまらせながら歩き続けると、ついにトイレに到着した。

 扉の向こうに何かいるんじゃないかとか考えてしまうのでこの瞬間が一番緊張する。

 怖いのを我慢して用を足しトイレから帰る途中、不意に冷たいものが頬を撫で、視界の端で何かが音もなく動いた。

 今ここには誰もいないはずなのに。

 恐る恐るそちらを向いてみると布状の何かがふわぁっとなびいてこちらへ。

「きゃあぁぁぁぁぁっ!」

 一目散にライラさんの部屋へ走る。

 自分はこんなに早く走ることができたのか。そこへはあっという間に着いた。

 扉を勢いよく開けるとライラさんが寝室から顔を出した。

「えっ?どしたの?大丈夫?」

「はぁ、はぁ、お化け、お化けがぁ……」

「お化け?あはは、大丈夫。おいで」

 手招きしたライラさんが寝室へ入って行ったので私もそれに続いて寝室に向かう。

「ばぁー!」

「ひゃぁぁぁ!」

 私が寝室に入ろうとしたところでライラさんが突然飛び出してきた。

 さっきのこともあったので私は驚いて床に座り込んでしまう。

「あははは、リーザちゃん怖がりなんだから」

「うわああん!ばかぁ〜!」

 ライラさんも悪ふざけがすぎる。本当に怖かったのに。

 驚かされたせいで腰が抜けて立てない私をライラさんはベッドに運んでくれた。

「それじゃ、もう寝よう」

「えっ……でもお化けが」

「大丈夫大丈夫。お化けなんか来ても私がやっつけちゃうんだから。リーザちゃんもお化け倒せるくらい強くならないとね」

 そう言ってライラさんは私を抱きしめてくれた。

 こうしてもらえると安心できる。いつもこれくらい頼り甲斐があればいいのに。

 そんなことを考えながら目を閉じるとあっという間に眠りに落ちてしまった。

 

 *

 

 目が覚めた時、辺りはまだ暗かった。

 こんな時間に目が覚めてしまったのは初めてだ。

 どうしたものかと身を起こした時あることに気づく。

 隣で一緒に寝ていたはずのライラさんがどこにもいないのだ。

「ライラさん……?」

 トイレに起きたのだろうか。

 何にせよ暗闇に自分一人しかいないのはとても怖い。

 布団を被って寝ようともしてみたが恐怖心から目は冴える一方だ。

 昨日のお化けがここに来たらどうしよう。

 もしかしたらライラさんは昨日のお化けに食べられたのかもしれない。

 そんなことを考えたせいで目頭が熱くなったその時、向こうの部屋で物音がした。

 ライラさんの研究室に何者かが入ってきた。

 入ってきたのがライラさんならいいけれど、もしお化けだったら私も食べられる。

 確かめたいけれど怖くて体が動かない。

 布団の中で恐怖に震える自分の体を抱きしめていると、何者かがとうとう寝室に入ってきた。

 何者かはゆっくりと、だが真っ直ぐにこちらへ歩いてくる。

 息を殺し固く目を瞑ると自分の心音が相手にも聞こえてしまっているんじゃないかと思えるほど異様に大きく聞こえた。

 そしてついにベッドにたどり着いた何者かによって私を守っていた布団が捲られる。

「きゃあぁぁぁ!!」

「わあっ!……ビックリしたぁ。どうしたの?リーザちゃん」

「へ、ライラさん……ど、どこ行ってたんですか!」

 お化けじゃなくライラさんだったことを確認すると一気に恐怖心が薄らいだ。

「あはは、トイレに行ってただけだよ。もしかして起こしちゃってたかな?」

「そうじゃ、ないですけど」

「そっかそっか。あ、そうそう。リーザちゃんが見たお化けだけどね、あれただのカーテンだよ」

「へ?」

「窓が割れちゃってたから風で揺れただけ。ほんとにリーザちゃんは怖がりなんだから」

 言われてみるとあの場所には嵌め殺しの窓があって、夜はカーテンが閉まってたような。

 つまり私が恐怖心のあまりただのカーテンをお化けと見間違えて一人で大騒ぎしてただけ。

 今さっきもライラさんをお化けだと思い込んで悲鳴を上げてしまったし。

 悔しいけれどライラさんの言葉に全く反論できない。

「ほら、もう大丈夫だよ〜!私の胸に飛び込んでおいで!ぎゅ〜ってしてあげるよ!」

「いいです!」

 私は恥ずかしさのあまりそっぽを向いてふて寝するのだった。

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