第3話 事件と決起

「事件の最初の目撃情報は三年前らしいんだ」

「三年!?そんなに前なのか!?」

 先輩でも知らなかった、となればこの情報は政府の他の人間も知らないのだろう。

「うん。三年前、手配書の男が政府所有の会議堂のあたりを長いことウロウロしていたんだ。出入りする人を観察したり、中を覗き込んだりしていたみたいだね」

「へ?」

「それだけですか?」

「街の人に聞き込みをしてもらったらそんな情報が出てきたんだ。まあ、信憑性は低いけどね」

 手配書が出回るよりも前に見かけたというのは確かに信用できる情報とは言い難い。

 おまけにことが起こったのは三年も前だ。

「だけどそれが事件に繋がってたんだ。なんだと思う?」

「そうねえ、その人が会議堂に侵入した、とか?」

 カウンターの真ん中、先輩の前にカットフルーツを置きながらマスターが答えた。

 そう考えるのが妥当だと思うし、僕も同じことを考えた。

「そうだね。実際に会議堂に入られて資料庫に保管されていた書類が盗まれていたみたいなんだ」

「なにっ、初耳だぞ!」

「さっき発覚したばかりみたいだからね」

 さっき発覚したということは通信魔法で政府の誰かと連絡を取っていたのだろう。

「どうして我に連絡がないのだ!」

「私がミレーネにも伝えとくって言ったからだよ。で、なんでそれがさっき発覚したのかと言うとさっき政府の本部に侵入されたからなんだよね」

「本部だと!?」

 先輩からすれば政府の本部は職場であり、その中でも責任ある立場だ。相当衝撃的な情報だったと思われる。

 他人ごとのようにそう考えたが今となっては僕の職場でもあった。

「その時目撃されたのが手配書の男を含めた三人だったんだ。それで犯人たちが組織的に計画立てて何かしようとしてるんじゃないかって」

「政府を相手に、ですか」

「何だか大変な話になってきたわねえ。あんたたちほんとに休暇で来たの?」

 マスターの指摘は最もだ。こんな話をしていては心が休まらないだろう。

 僕に溶けたチーズの乗ったパン、師匠に茹でた豆のサラダを置くとマスターもカウンターの向こうで座った。

「いや、まあ、我は休暇のつもりで来たのだがな」

 そうも言ってられなくなってきた、と先輩が目で言っている。

「今回の事件だと、どうも協会の申請書が改竄かいざんされたみたいでね。さっきヤヒトとカミラに確認が取れたよ」

「話が話なだけに重鎮の名前が出ますね」

 豆を掬いながらさらっとそんな話をできるのは師匠自身も国の重鎮だからだろう。同期のような感覚だろうか。

「それともう一つ、コールクォーツの記録が盗まれた」

「えっ、それ大丈夫なんですか!?」

 コールクォーツとは魔術師の特別な武器に使われる結晶だ。

 これがあるのとないのとでは魔術師の力に大きく差がつく。

 そのため国の戦力の管理のために記録されている。

「……」

 それを聞いて僕も先輩も驚いたがマスターまでも深刻そうな顔をしていた。

「予備があるとは言えとんでもないものが盗まれたな」

「まあ、すぐにどうこうできるものじゃないし、コールクォーツそのものが盗まれたわけでもないから」

「だが」

「大丈夫」

「……そうか」

 師匠に言われ、少し落ち着いた様子の先輩。

 それを見て少し安心したように師匠が話を続ける。

「本部に関してはそれ以外の被害は皆無のようだし、リテュールさんがもう侵入者がいないことを確認したから、今のところは大丈夫みたいだよ」

「ま、まあ、我の任務はあくまでここら一帯の調査だからな。だがこうなってしまった以上、一度本部に戻ることにしよう」

 先輩がそう言うので同行を申し出たが、監査の仕事を続けるように言われてしまった。

 確かに僕が行っても何もできないかも知れないが。

「で、本題はここからなんだけど」

「えっ、まだ何かあるんですか!?」

 これまでの話も重要だったが、これ以上の話があるとは。

「ああいや、新しい情報では無いんだけどね。これまでの事件は誰かに被害があったわけじゃなかったんだけど、ここ最近の事件は明確な被害者がいるんだ。知ってると思うけど、物資を盗まれたギルドや武器を破壊された魔術師、暴行を受けた人もいる。奴らの行動がエスカレートしているんだ」

 今までの事件は不審な行動をする見慣れない人物が各地に出現したり、怪しい物や何かの陣が街中に現れたりと言ったものだった。

 実質的な被害がなかったから政府も本腰を入れて調査をしていなかったが、ここまで被害が出ると黙ってはいられなかった。だから先輩を派遣したのだろう。

「事件が起こっているのは政府の周囲が一番多いけど、ギルドを相手にした事件も増えてきている。被害の規模が拡大してきているんだ。それに敵も相当厄介な相手だと思う」

「まあ、事実として本部に侵入されてしまったわけだしな」

 いつの間にかレモン酒を飲み干していた師匠は視線をマスターに向ける。

「政府で働いているミレーネとアルトはもちろん、今以上に規模が大きくなるとマスターも間違いなく巻き込まれる。だから気をつけて。いざとなったらすぐに逃げられるように準備をしていてほしい。いつ何が起こるか分からないからね」

「あら、最終的にあたしの心配?ありがとう。あんたたちも気をつけなさいよ。強いからって無理や油断は禁物」

 僕たちのグラスに飲み物を継ぎ足し、「これは心配してくれたお礼よ」とカットフルーツをもう一皿出してくれた。

「たくさん食べて英気を養いなさい。特にリーザ、しっかり休みなさいよ。今ちゃんとした料理作ってくるわね」

 言うが早いかマスターは厨房へ行ってしまった。

「ごめん二人とも。せっかくの休暇なのに空気を悪くしてしまったね」

「いや、そんな。すごく大事な情報だったじゃないですか」

「それに動くのは明日からだ。今この時は先ほどの話を忘れ休暇を楽しもうじゃないか」

 何だか決起集会みたいだな。

 僕たちはマスターの料理で一時ひとときの休息を楽しむことにした。

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