コスモスとブラック

 コスモスは支援物資を流し終えたブランに声を掛けられる。


「お前に頼みたい野暮用があるんだ」


「どんな仕事なんですか?」


「なあにお前なら簡単な仕事さ」


 ウッドストック町長のジョンさんに用意してもらっていた手紙をコスモスに手渡す。


「この手紙の配達さ」


 それはジョン家の家紋で封蝋ふうろうされた書簡であった。


 封緘ふうかんされた書簡と言うことで重要書類であることは間違いなく、この時期にそれを自分に任せると言うことは信頼できる手の者以外には任せたくない密書であることをコスモスは悟った。


「この依頼は高くつくわよ」


 コスモスは村長の返事を待たずに早馬に乗ると風のように町長宅を走り去った。


 *


 コスモスが異常に気が付いたのは夕暮れ前、ウッドストックを出て一時間ほど経った時である。


『何者かが着いてきている!』


 それは馬にも乗らずに、効果時間の長い敵発見スキル『索敵さくてき』で気付かれない距離を保って着いてきている。


 念のためにより広範囲な索敵スキルの『範囲哨戒はんいしょうかい』を使っておいてよかった。


 強弓ごうきゅうに鉄矢をつがえ、奴の足元を狙う。


 狙撃することは簡単だ。


 刺客であることは間違いないと思うが、この長距離で致命傷にするのは難しいのと刺客ではなかった場合の万一の事を考え警告の意味でわざと鉄矢を外した。


 超長距離狙撃をすると矢が着弾すると同時に気配が消える。


『やはり刺客か』


 コスモスは再び馬を走らせると、これからの予定を組み直し始めた。


 目的地までは早馬を走らせ続けても3日。


 どこかで休みを入れないと馬が疲労で潰れてしまう。


 もうすぐ日の入りなのでどうせ休むなら早い方がいいし、上手く刺客をやり過ごすことが出来るかもしれない。


 街中なら刺客に見つけられても街を出るまで騒ぎを起こすことも無いだろうしな。


 素人時代ならそんなことを考えたかもしれないが、向こうもプロだ。


 そんな甘い展開にはならないだろう。


 コスモスはそんなことを考えながら次の町で宿をとることにした。


 *


 運送ギルド長の腹心のチャーリー直属の部下であるブラックは密書を送り届ける運搬人を追っていた。


「ここの宿屋か」


 密書を送る際中なのに宿屋に泊まるとは……俺ならこんなヘマはしない。


 ブラックはため息をきながら宿屋の様子をうかがう。


 しかも日没前に宿を取ったのか、ウッドストックにこんなにも近い町で泊まるとは……プロの仕事じゃない。


 既にもっと遠くの街まで走り去ったと思って散々探し回っていたブラックは頭を抱えた。


 密書の運搬人を取り逃がしたことをボスに報告する為の帰路の途中、バイブスの町の宿屋で奴の馬を見つける。


 ウッドストックの門で見たあの女の馬で間違いない。


 運搬人はこんな所に泊まっていたのか。


 素人の考えることはよくわからない。


 ブラックは若き同業者の奇行にため息をくと狙撃された時のことを思い出す。


 あの矢もそうだ。


 鉄矢なら確実に射貫ける距離をスナイプしてきたが掠りもしなかったし、あいつはどれだけ素人なんだ?


 ブラックは再び首を傾げた。


 *


 深夜になって運搬人の暗殺計画を実行すことになった。


 運搬人が逃げられないように馬を野に放つとブラックは宿屋に侵入する。


 玄関ドアの錠前を開けると、門限後のためか受付には人の気配はなかった。


『無駄な殺しをしないで済んだな。ターゲット以外の殺しをするのは趣味じゃない』


 そう心の中でつぶやくと宿屋の部屋のカギを静かに解錠し部屋をくまなく調べ始める。


 だが、女はどの部屋にも泊まっていなかった。


 まさか馬を置き去りで徒歩でこの先を進んでいたのか?


 俺は騙されていた?


 ブラックは女を見くびっていたことを反省する。


 *


 早馬を三度も乗り換え散々探し回った末に女を見つけた。


 女はブラックがいつもするように徒歩で街道を疾走している。


『速い!』


 その走行速度はブラックの全力疾走とほぼ変わらず、早馬で追いつくのもかなり辛かった。


 ブラックは馬上から女をボウガンで射撃する。


 するとすぐに女の気配が即座に消えた。


『俺と同じく気配遮断の「隠匿」スキル使いか……。しかも着弾前に気配が消えたということは……誘われているのかもしれん』


 ブラックが考えていたよりも女はできるのかもしれない。


 ブラックは鋼爪を握りしめて警戒をした途端、姿を消したはずのあの女が至近距離で鉄矢を放つ。


 ――ガキン!


 あまり弓のつるを引き絞っていない早撃ちなのか重くは無い攻撃だ。


 だが早撃ちと言えど警戒をしていなかったら確実にやられていた。


 それよりもあの距離を気配を絶ったまま接近してくるとは……あり得ない!


 気配遮断をしながらここまで急接近し、おまけに弓矢を確実に当ててくるなど俺にも出来ない芸当だ。


 この女は自分を超える実力者なのかもしれない。


 侮って一人で女に手を出したことを後悔するブラックであった。


「この女からは逃げられない」とブラックはそう悟り覚悟を決める。


 ならば切り札を出すしかない!


 ブラックは左爪に魔石を装着すると姿の見えない女に勝ち誇ったように語りだす。


「この爪は魔道具でな、魔石を使うと真の能力を開放する」


 すると攻撃力アップなのか爪が鈍く輝き始める。


「ほう」


 感心した声と共に今まで姿を消していた女が姿を現した。


 ブラックは女に対して言い放つ。


「この近距離では強弓は無意味! なぜならば矢を引き絞っている間に俺の爪がお前を切り裂くからだ!」


 そういって爪を振り回し女が弓を引き絞る隙を作らせない。


 そんなブラックに対して女は笑みを浮かべた。


「この強弓はミスリル製、こんな使い方もあるのさ」


 女は弓を槍のように振り回し始めた。


 事実、強弓の先端は刃物のように加工されている。


「生半可な剣よりは強い!」


 女が強弓を振り回した途端、ブラックはほくそ笑んだ。


「引っかかったな!」


 爪が激しく光り出し、強弓の攻撃を左爪で受けると強弓が爪から外れなくなった。


「なんだこれは!」


 狼狽うろたえる女。


 その表情には予想外の展開が起き焦りが見える。


「この魔爪は魔力で強力な吸引力を発生させ、斧だろうが大剣だろうが触れた物を二度と外れなくする効果があるのさ。もちろん金属製の強弓でもな」


 狼狽えまくる女であったが、結局弓を捨てて即座に短剣に持ち替える。

 

 それを見てブラックは心の中で笑いが止まらない。


 引っかかりやがって……。


 爪のリーチに短剣が勝てるわけが無かろう。


 ブラックは爪のリーチを生かした攻撃で圧し始めた。


「触れなければ問題ない」


 女は短剣を投げて攻撃してきたが、その攻撃を全て爪で弾き落とし吸着した。


 全ての武器を取り上げて勝ち誇るブラック。


 ブラックに負ける要素は無くなった。


「これでもうお前には武器が無い、さあこれからどう出るのか? 逃げてもいいが俺の足は速いぞ!」


 絶対の窮地きゅうちのはずなのに女は笑う。


「お前はなにか勘違いしてないか? いつからわたしに武器が残されていないと思った?」


 女は迅速じんそくスキルを発動する。


「お前はわたしから武器を取り上げて勝ち誇っていたが、使いもしない武器を持つなんて身のこなしが遅くなるだけで愚の骨頂」


 そして矢筒に手を回す。


「まさか?」


「そのまさかさ!」


 その女コスモスは矢筒からミスリル製の鉄矢を取り出すとブラックの背後に高速移動し背後から男の喉笛を突き貫いたのであった。


「こんな時の為に鉄矢を使っているのさ。いい勉強になっただろうってもう聞こえていないか」


 コスモスは荒野に横たわった男から弓と短剣を取り戻すと密書の配達へと戻るのであった。

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