土魔法の訓練

 翌朝、セモリナさんと母親のフラワーさんは隣町までソイルの為にスパイスの買い出しに行くことになった。


 隣町までは近くは無いが早馬を使って朝早くに出れば十分日帰りで帰って来れる距離だという。


 道中には魔獣が出るけど、この村の住人ならば余裕で撃退出来るとのことで危険は無いそうだ。


 安全なのはこの村の住人だけの話で、ソイルがこの村に来るときは荷馬車に散々断られた末、偶然にこの村の近くを通る冒険者に大金を渡して同乗させて貰ってどうにか来れたぐらいだ。


「早馬には2人しか乗れないからソイルくんは土魔法の訓練をして待っていてね」


 ということでソイルは闘剣場で一人修行だ。


 魔獣に襲われないようシェーマスが闘剣場迄で送り迎えをしてくれることになっている。


「坊ちゃんは一人で土魔法の訓練をするのか?」


「今日一日頑張ります」


 セモリナさんが作ってくれたお弁当があるので今日は夕方までぶっ続けで訓練だ。


 今日一日で土魔法を戦いに使えるぐらいに頑張るつもりだ。


 ソイルはそう息を巻く。


「やっぱ訓練には土魔法ソイルを延々唱えまくるのがいいさね」


 まあ、僕の場合は土魔法ソイルはまだ使えないので砂魔法サンドを延々唱えるしか無いんだけどね。


 ソイルは弓用の的に向かってサンドを唱えまくる。


「魔力を使い果たして倒れる前にしっかり休憩するんだべ」


 そう言ってシェーマスは畑仕事に戻っていった。


 ソイルは土魔法ソイルをまだ使えなかったけど、砂魔法サンドは捨てた物じゃ無かった。


 砂は粒が小さい上に粒単位で出るので圧倒的に魔力の消費量が少ない。


 その消費魔力は土魔法ソイル一発が砂魔法サンド千発分に相当した。


 しかも土魔法の熟練度上げは魔法の難易度に関係なく詠唱回数のみに依存。


 ソイルはほぼ魔力コストゼロで熟練度上げが出来たのだ。


「サンド!」


「サンド!」


「サンド!」


 …


 …


 …


 砂魔法を唱えまくるソイル。


 ――ソイルは高速詠唱の熟練度が0.1上がった!


 ――ソイルは高速詠唱の熟練度が0.2上がった!


 ――ソイルは土魔法の熟練度が0.1上がった!


 ――ソイルは連続詠唱の熟練度が0.3上がった!


 ――ソイルは無詠唱の熟練度が0.2上がった!


 ――ソイルは土魔法の熟練度が0.2上がった!


 ――ソイルは高速詠唱の熟練度が0.3上がった!


 ――ソイルは土魔法威力の熟練度が0.2上がった!


 その熟練度の上昇率は1分間で普通の魔導士の一年分。


 残念なことにあまりにも集中して魔法の詠唱をしていたので熟練度が上がっていることにソイルは全く気が付いていない。


『サササササササササササササササササンド!』


『サササササササササササササササササンド!』


『サササササササササササササササササンド!』


『サササササササササササササササササンド!』


 …


 …


 …


 連なるように打ち出される砂魔法サンド


 的の下にはこんもりとした砂の小山が築かれている。


 あまりにも集中して訓練をしていたのでソイルは朝から8時間半ぶっ続けで魔法の詠唱を続けまくっていた。


 1分間が1年分の修行量にあたるので、8時間半すなわち500分の修行は普通の魔導士の500年分の練習量にあたる。


 国有数の魔導士をも超える熟練度になっていた。


 最初は砂粒1個づつ出していたサンドの魔法も高速詠唱やら無詠唱、連続詠唱も習得し大量にしかも高速に射出し続ける。


 日が傾く頃には的が砂粒で埋まりかけていてシェーマスは驚いた。


「あれー!? 坊ちゃんどんだけ砂魔法を練習したんだ?」


「えっ?」


 シェーマスに指摘されて初めて訓練し過ぎたことに気が付くソイル。


「僕やり過ぎちゃいました?」


「やり過ぎだべー!」


 シェーマスは腰を抜かすほど驚いた。


 *


 訓練を終えてソイルが遅い昼食を食べながら一息ついているとセモリナさんが闘剣場に飛び込んできた。


 そしてソイルの目の前でうつむく。


 セモリナさんの様子がおかしい。


 セモリナさんからは消え入るようなつぶやき。


「ソイルくん……」


「どうしたんですか? セモリナさん」


「わたし……」


 そういうとせきが切れたようにどっと涙を流し始める。


 ソイルはセモリナさんの肩を抱きしめた。


「なにがあったんですか?」


「わたし……また捨てられちゃった」


「捨てられた?」


 ソイルはセモリナさんの涙が止まるのをずっと待ち続ける。


 気が付くとシェーマスは気を使ってどこかへと消えていた。


「隣町に行ってスパイスを買ったついでに村への手紙を郵便局で受け取って来たんだけど、その中に私への手紙があって……うっく」


 また泣き出すセモリナさん。


 ソイルはセモリナさんの背中を擦り泣き止むのを待つ。


「婚約者からの手紙があったんだけど、春の結婚式を取りやめ……つまり婚約破棄するって書いてあったの……」


 ソイルの抱くセモリナさんの肩が震えている。


「なんでわたしってみんなに捨てられちゃうんだろう。ソイルくんに婚約者がいないならこんなわたしを貰ってよ。昔捨てた責任を取ってよ!」


 セモリナさんはソイルにしがみ付き泣き崩れた。


 ソイルはそんなセモリナさんを包み込むように抱きしめた。


 セモリナさんの手から落ちた手紙を拾い目を通したソイル。


 そこには差出人に『マイケル』と見知った名前が書かれていた。


 これって……。


 ソイルがマイケルからヘレンを奪ったことに起因する、ヘレンとマイケルの婚約と、マイケルとセモリナさんの婚約破棄。


 そのヘレンが元の収まるべきマイケルと言うさやに収まったことにより、マイケルの婚約者であるセモリナさんが婚約破

棄された。


「全部僕のせいじゃないか」


 もちろんソイルは全ての責任を取るつもりでいた。

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