第38話 最後の最後で間違える(波人視点)

 抱きしめられる感覚、一回り小さい体からは、すっぽりと胸の中へおさまるほどに、小さく弱々しいかった。


「急にどうしたんだよ……」


「ご、ごめんなさい。でも、なんだか、こうしたくて……」


 渚ちゃんは弱い。想像以上に心が脆く、崩れやすい。


「もう少し、一緒にいるか」


 俺は、ふと察した。抱きしめているからこそわかる。渚ちゃんの体の震え、俺が思っている以上にかよわい心。


 渚ちゃんは周りが思う以上に普通の女の子で、本当にただのかよわい女の子なんだ。


「……うん」


 弱々しくも透き通った声が耳に残る。


 その場の雰囲気は、最高といえば噓になるし、最悪といえばそれもまた噓になる。空気感が特別気まずいわけでもない。


 ただなんだろう。今、この特別空間がとても居心地よく感じている自分がいて、もうこのまま一生この状態が続けばいいのにと一瞬思った。


「ねぇ、波人くん……」


「なに?」


 上目遣いでこちらを覗く渚ちゃんの瞳を俺は、のぞき返す。


 何かを物欲しそうにする綺麗な瞳。


 渚ちゃんってこんなに可愛かったっけ?と思う。


 その場の空気感は、どんどん移り変わっていき、なぜか、変な気持ちになっていく。その気持ちが何なのか、言葉で表現できない。


 吸い込まれていく。綺麗な瞳が俺を吸い寄せていく。不思議な感覚だ。


 気がつけば、俺は。


「ちょっと待った!!」


「へぇ……?」


 危ない。危うくキスをしそうになっていた。


 こういうのはよくない。ムードに流されてついついやっちゃいましたなんて、もし通報でもされたら、言い訳が出来ない。


 そういうやつをくず男と呼ばれるんだ。


 俺は、善良な男子高校生、決してくず男ではない。その場の空気感には流されない至って普通の陰キャだ。


「そろそろ本当に帰ろう。外もかなり暗いし、近くまで送っていくよ」


 そう声をかけると、渚ちゃんが頬を風船のように膨らませてこちらをにらみつけてくる。


「え……?」


「波人くん、そういうところだよ」


「……うん?」


 俺は、何のことなのか、わからず頭をかしげると、渚ちゃんが涙目になりながら、怒りをあらわにする。


 プイっと外を向き一人で歩き出す渚ちゃんの後ろを俺は、追いかける。


「ちょっ、渚ちゃん?なんで怒ってるの?」


「自分の脳をフル回転させて、考えるのね」


 冷たい瞳でにらみつけてくる渚ちゃんに俺は、背筋がひやったとした。


「あ……え……ってちょっと、夜道は危険だから、送って来って」


 こうして、俺は、渚ちゃんを怒らせてしまい、送っていく時もすごく気まずかった。


 次の日、教室で俺は、不貞腐れていた。


「どうしたんだよ。波人……」


「俺はもう、だめかもしれない。終わり、この世の終わりだよ……」


 正志くんが気を遣って話しかけてくれるが、俺は今、それどころではなかった。あの日の帰り、送っていくも、一切、言葉を交わすこともなく、挙句には。


「もう知らない!」


「……」


 と辛らつな一言と主に終わった。


 そこから、一人で家に帰り、真希からは励まされ、お母さんやお父さんにまで。


「はぁ~~帰りたい……」


「なんか、よくわかんねぇけど、人生まだまだ長いぜ!!」


「そうだね……うん」


「おい!波人の瞳が!?」


 燃え尽きた。という表現は正しくないかもしれないけど、今はそんな気分だ。


「何やってんだよ、お前ら」


「拓也!!いいところに来た。波人が今にも死にそうなんだ。どうにかしろ!!」


「はぁ?……じゃあ、今日家来るか?丁度さぁ、新しいゲーム買ったからよ。練習相手が欲しかったんだ」


「お、いいじゃん!帰り行こうぜ、波人!!」


「……うん」


 俺達は、拓也くんの家でゲームをすることになった。

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陰キャの気まぐれで泣いている女の子を慰めたら、次々と絶世美女が絡んでくるようになりました 柊オレオン @Megumen

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