第33話 渚は猫かぶりだけど、本当の猫かぶりは紗枝だった

 渚ちゃんの口が閉じると、その場が不穏な空気に染まった。


 自覚したくなかったのか、はたまた図星でも突かれたのか、でもこの瞬間、渚ちゃんの流れが乱れたのは確かだった。


「どうして黙るの?」


 私はさらに追い打ちをかける。


 もう時間がないから、早めに問い詰めなきゃいけない。


「ねぇ!渚ちゃん!!」


 言葉の圧力で渚ちゃんの心を揺さぶりにかける。すると。


「す…………だよ」


「え?」


 はっきりと聞こえなかったけど、何か口ずさんだ。


「す、好きだよ。だって、私の初恋だからね」


 少し照れながら、頬を赤く染めて言った。


「これで満足した?」


 その愛らしさは一瞬で、すぐに冷たい雰囲気に戻る。


「…………渚ちゃんはそれでいいんだね?そうやって、その場しのぎをして、また同じことを繰り返すの?」


「大丈夫だよ。だって、この待ち合わせ場所、きっとこの機会で全てが終わるはずだから」


 渚ちゃんは勘がいいし察しがいい。それに自分がどう動けばいいのか、どう対応すればいいのか、理解している。


 だから、渚ちゃんはいつも、我慢していたんだ。


「そう、じゃあ、もう私が言うことはないね。大きなお世話だったのかな?」


 私はここで悟った。もう話しても無駄だと、でもやることはやった。やり切ったそんな感覚があった。


 だって、もう渚ちゃんはとっくに前を向いていたから。


「うんうん。私は嬉しかったよ。紗枝ちゃんとこうして話せて……少しイラってしたのは波人くんの甲斐性なしさにかな」


「それはそうだよね。男なら正面からかかって来いってのにさぁ……」


 二人はふと目が合うと笑った。静かに笑った。

 

 腹を割ってと言っても、そこまで深く話さなかったけどやっぱり、渚ちゃんのことは嫌いだと再認識した。


 でも、嫌いと言っても、私が嫌いなのは、渚ちゃんの考え方が嫌いなだけんだと分かった。だから、全てが嫌いなわけじゃない。


 そう思うと自然と笑みが込み上げてきた。


「もう7時半だし、行こう、渚ちゃん」


「そうだね……行こかぁ!」


 渚ちゃんは満遍な笑顔を向けてくる。


「猫かぶり……」


「うるさいな。これぐらい許容しなさい……」


 再び冷たい目線でこちらを向けてくる。


「その切り替え疲れない?」


「慣れてるから大丈夫だよ。こう見えても、かれこれ8年ぐらい続けてるからね」


「それ、自慢になってないよ」


 一緒にしゃべりながら、裏道を出る。


 すると、私は口が滑り出した。


「あんまり、もたもたしちゃうと、波人くんのこと、私がいただいちゃうからね!!」


「え……」


 渚ちゃんの表情が硬直する。


 私は地味に浮かれていた。それは、微かな希望が見えたから。


 私は波人くんが好き。でも、渚ちゃんも好きだから、一歩引いていたけど、もうそれはやめようと思った。


「え、聞いてないんだけど……え、紗枝ちゃんって波人くんのこと好きだったの?」


 はたふたと驚きの表情を見せる渚ちゃんに私はにっこりと笑顔で返す。


「なにその笑顔、なんか含みのある笑い、ねぇ紗枝ちゃん!」


「渚ちゃんが本当に驚くところ、初めて見たよ」


「だから、今はそんなことより、え、え、ダメ頭が追いつかない」


「渚ちゃん、だから今日でしっかり片を付けてね?それまでは待っててあげるから。うん、私って優しいな~~」


 私は、私自身を肯定する。


「え?えぇ……え?あ、うん」


 私はまた違う渚ちゃんの一面を見た気がした。


「ほら、早くいくよ、渚ちゃん!」


「なんて言ったらいいか、よくわからないけど……紗枝ちゃんも私に負ける劣らず、猫かぶりだよ」


「そうかな?もしかしたら、そうかもね」


 渚ちゃんは知らないかもしれないけど、私って結構遠慮するタイプなんだけど……一度、本気なったら、話さないタイプなんだよね。


 そういう性格を加味するなら、私も猫かぶりかもね。


 こうして、時間は過ぎていき、今日は渚ちゃんと一緒には帰らなかった。



 川のせせらぎが耳に残る。薄暗く、人気もない。


 そこには一人ポツンっとあの時、あの場所で立っている同じ制服柄をきた男子生徒。


 私がゆっくりと近づくと、足音に気づいたのか、ふとこちらを見た。


「あ……」


「…………よ」


 渚と波人は初めて会った河川敷の橋の下で、戸惑いの表情を見せた。






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