第32話 渚ちゃんは波人が好きだ

 登校途中、今日は珍しく早めに学校に向かっていた。


 と言って、実は早めの登校になったのは偶然でも何でもない私が仕向けた。


 方法は簡単、普通に「早めにいかないって?」誘っただけ。渚ちゃんは私の誘いを断ることはなかなかない。


 それこそ、本当に重要な用事でもない限りね。


「ねぇ、大事な話って何?」


 場所は通学路から少し離れた場所にある裏道。


 私はね、もっと渚ちゃんは素直になるべきだと思っている。いつも、そうやって笑ってみんなを笑顔にしても、自分だけは笑顔じゃない。


 そんなの余計に苦しいに決まっている。別に好きでやっているならいいけど、渚ちゃんは間違いなく、自分の心を守るためにやっている。


 それが目に見えすぎて、うざいって思う。余計に嫌いになる。


 だからね、私はもう、渚ちゃんの気持ちをさらけ出さそうと思っている。波人くんには協力する、その場を借りて渚ちゃんに本音を自分の耳で……。


「渚ちゃん、今からする質問に噓をつかないでほしい……じゃないと、私は、もう渚ちゃんと友達じゃいられない」


 その言葉を渚ちゃんに面と向かっていったとき、頬に沿って唇にしょっぱい味がした。


「え……」


 渚ちゃんは何とも言えない表情だった。驚きと苦しみを半分に割って、足したようなそんな表情。


「渚ちゃん……波人くんとなんかあったでしょう」


 私は、渚ちゃんの口から聞きたい。弱音を抱えている不安を。


 渚ちゃんのことは嫌いだけど、見過ごせないの。だって、長い付き合いだから。


 知ってる?渚ちゃん、いくら嫌いな人でも、助けてあげたいって思えるんだよ。けどね、いくら苦しんでいることが分かってもね、本人の口から聞かないと助けられないの。


「………紗枝ちゃんはいつも、私のことをよく見てるよね」


 渚ちゃんの口が開く。


「どうせ、波人くんに全部聞いてるんでしょ?」


「聞いてないよ、詳しくわね。でも相談はされたかな」


「そう……じゃあ、波人くんと何かあったかは言えないな……でも、少し腹を割って話そうよ紗枝ちゃん……まだ時間はあるし、さぁ」


 現時刻6時50分。


 渚ちゃんの雰囲気が変わった。冷たい瞳、冷たい視線。


 これが、本来の渚ちゃんだ。


「やっぱり、渚ちゃんはそっちのほうがかわいいと思うよ?」


「大きなお世話だよ。紗枝ちゃん、それより、何か言いたいことがあるんじゃないの?」


 こうして対面すると少し怖いな。


 私から切り出そうと全てをさらけ出そうと思ったのに、そんな空気感じゃない。


 ながれも完全に渚ちゃんに流れているし……。

 

「そうだね。まず、波人くんとの要件を済ませるよ」


「そう、やっぱり、波人くんらしいな」


 え?笑った?なんで?そんな疑問が浮かんだ。


 まだ話してない、まだなにもなのに、一体、何微笑んだの?


「どうしたの?紗枝ちゃん、早く話さないと学校に間に合わないよ?」


「あ……うん」


 ペースがかき乱される。とりあえずまずは会話だ。会話でペースを取り戻そう。


「波人くんが渚ちゃんと二人で話したいんだって、場所はここ。この紙に書いてるから。待ち合わせ時間は19時……」


 私は、渚ちゃんに一枚の紙を渡した。


 女の子って言うのはすごく感がいいから、隠し事は難しい。


 だから、私は、初めから包み隠さずに言うと決めていた。波人くんには悪いけどね。


「……ありがとう、紗枝ちゃん」


「え?なんで、お礼を言うの?」


 私は、なぜお礼を言われたの?そう疑問に思った。


「だって……紗枝ちゃんがこうして、伝えに来てくれたんでしょう?なら、それに対して礼を言うのは当然のことだと思うんだけど……」


「そ、そうだね……」


「それで、紗枝ちゃんは他に何か言いたいことがあるんだよね?そういう顔してるよ……」


 何もかも見透かしているような冷たい瞳。何でも知っているよって訴えかけてくる視線。


 腹が立つけど、なぜ、なぜか……。


「渚ちゃん、一つ聞いていい?」


「なに?」


「どうして、泣いているの?」


「え?」


 ぼろぼろと流れる涙は頬に沿って地面に垂らす。何度も何度も何度も。


「ほら、泣いている、泣いてるよ、渚ちゃん……」


 渚ちゃんは手で涙を拭いながら。


「これは違うよ。違うんだよ。きっとこの涙は、これから来る現実を恐れている涙。人は弱いから。だからいつもこらえるんだよ。我慢して、我慢して、我慢して、そして、最後に爆発する。人っていうのは、本当に我慢するのが苦手だよね……」


「そうかもね……でもさぁ、なんでそんなに我慢するの。そんなことをしても自分の首を絞めるだけなのに……」


「それは、自分を守るためだよ。そんなことをわかりきってるでしょ。それに紗枝ちゃんだって我慢したことぐらいあるでしょう?その我慢する時間が人より多かっただけ、ただそれだけだよ」


「でも、波人くんとしゃべっているときは嬉しそうだったよね?あの時も我慢してたの?自分の気持ちを押し込めて、理想の自分で笑顔を作っていたの?私は波人くんとしゃべっているときは、本当に楽しそうに見えたけど?あれすらも、渚ちゃんにとっては……苦痛だったの・」


「…………あれはただの気まぐれ。ただ少し縁があっただけで、波人くんとだって、別に……偶然で」


「渚ちゃんは波人くんのこと、どう思ってるの?」


 私は切り出しだ。もう時間もないし、ここで詰めるしかなかった。


 すると。


「紗枝ちゃん、何が言いたいの?」


 少し、渚ちゃんの雰囲気が変化した。


 ここで、私は一言、強烈な一言を告げる。


 渚ちゃんにはここで自覚してもらう自分の気持ちを、今もだまし続けている気持ちを。


「好きなんでしょ?波人くんのこと……」


「………」


 その瞬間、渚ちゃんの口が閉じた。


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