第31話 紗枝はいつも渚ちゃんが嫌いだった

 俺が渚と対面で話すうえで選んだ場所。


 やはり、ここは、原点に返るべきだと俺は考えた。だから、俺は、初めて君と出会ったあの場所にした。


「今更ながら、緊張するもんなんだな」


 不思議だ、ほんの数分前は全く緊張していなかったのに。でも緊張しない人なんていないよな。


 誰だって、緊張するのは当たり前で、今こうして緊張しているのは自然の摂理。


「って何黄昏ているんだろう……ふん、なんだか、まぶしいな」


 まだ沈み切っていない太陽、まるで日陰を照らそうと神々と輝いているようだ。


 今日の俺は、昔の自分で戻る。かつて捨てた自分を今日だけは……。


「さぁ!!時間まで昼寝でもしてるか……」


 19時まであと2時間。現時刻16時。


 早く来てしまったけど、むしろ早いほうが気持ちの整理がつくと思った。


 俺は、思ったよりも臆病だと今更ながらも気づく。


 太陽が届かないじめじめと地面が背中を伝って、感じてくる。


 河川敷の橋の下で俺は、渚を待っている。



数時間前。


「渚ちゃん。最近暗いけど、どうかしたの?」


「え、あ~~何でもないよ」


 私が渚を気に掛けると、言い訳をするように言葉を返す。ほんとうに、渚ちゃんは分かりやすい。


 渚ちゃんはいつも完璧だった。運動も勉強も何でもできて、本当に羨ましかった。


 最初はとても輝いていてすごいなって思う程度だったけど、気づけば、私も渚ちゃんの後ろを追いかけるようになっていた。


 そして、がむしゃらに渚ちゃんに追いつくために努力していった結果、私にキャラ付けがされた。


 真面目でふざけない。


 別にそんなキャラ付けされたって気にしなかったけど、そこからドンドン膨れ上がって……。


「本当に?本当に何もないんだね?」


「うん。大丈夫だよ。心配してくれてありがとう紗枝ちゃん」


 甘えられなくなった。誰にも相談できなくなった。頼れなくなった。


 いつも、心配する側、頼られる側で、誰も私のことなんて心配してくれない。


 それがとてもストレスでコンプレックスだった。


「もし、本当につらくなったら、いつでも相談してね」


「うん……」


 羨ましい、羨ましい、渚ちゃんが羨ましい。


 私は、そのストレスとコンプレックスを実感してから、より渚ちゃんに嫉妬するようになった。


 でも、そんな気持ちに変化があった。それは、今まで男子に興味なさげだったあの渚ちゃんが興味を持ち始めたこと。


 あれはとても驚いたし、うれしかった。これでやっと少しは楽になるかなって、だから、すごく応援した。


 二人の仲をなるべく邪魔しないようにした。


 でも、まさかこんな時に限って、私も……。


「今日の渚ちゃん、やっぱり、元気ないようね?ねぇ紗枝ちゃん」


「うん。そうだね……」


 渚ちゃんの家庭事情は知っていた。だって、相談を受けたことがあったから。


 親から求められる娘として人物像、それを強要され、苦しんでいることを……。その話を聞いたときは、かわいそうって本気で思った。


 でも、同時にざまぁって思った。


 本当に自分の性格の悪さを呪ったよ。ここまで、ひねくれているなんて。


 渚ちゃんは本当に恵まれている分、不幸も同時に恵まれていた。


 何でも完ぺきにこなせる分、親からあらゆるものを求められるそれに答えないと𠮟られる。


 きっと、まともな精神状態じゃない。


 だって、本当の渚ちゃんはそんなに満遍なく笑顔なんてしない。


 冷たく、でもかまってほしくて、けど素直になれない、それがほんとの渚ちゃんだ。


「ねぇ、紗枝ちゃん、ならなんか知ってるんじゃないの?」


「知るわけないでしょ。ただでさえ、最近一緒にいる時間が減ってるんだから……」


 そんな、渚ちゃんは今、とても苦しんでいる。それは見てすぐに分かった。


 その原因はおそらく、波人くんとのケンカだろうとすぐに予想ができた。


 珍しい、何があったんだろうとすごく興味が沸いたし、同時にすごく心配だった。


 でも、渚ちゃんはまったく話してくれないから、仕方なく波人くんに接近した。


 正直、まだ距離を置いておきたかったけど、仕方がない。


 そしてまぁ、色々あって波人くんが今、心情を聞いた。


 その時、一瞬で悟ったよね。


 絶対に波人くん、渚ちゃんのこと好きじゃんってね。


 そう悟ったとき、涙を流しそうだった。でも、頑張ってこらえた。


 頑張ってこらえて、相談に乗って、協力することにした。きっと、それが一番渚ちゃんにとってためになると思ったから。


 そして、波人くんが何をしたいのか聞いて、私は渚ちゃんと波人くんが二人っきりになる場面を作ることになった。


 実にワクワクするよね、なんか秘密警察のミッションを受けているみたいで。


「ねぇ、渚ちゃん……」


「どうしたの?紗枝ちゃん」


 相変わらず、苦しそうな表情、表面上は笑顔を作っているけど、私には見え見え。


「ちょっとね。ねぇ、大事な話があるんだ」


「だ、大事な話?」


「うん。だからさぁ、ちょっと人気ひとけがないところに行かない?」


 この時はまだ、登校途中だった。


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