第26話 前向きに突き進む、俺は自分を変える

渚の一言は響きよく聞こえた。

重みのある言葉。

自然と僕も険しい顔つきになる。


「完璧?」

「そう、私の親ってさぁ結構厳しくて、いつも完璧を求められてきたんだ。何をやるにしろ、一番一番一番ってうるさくて、どう思う?波人くんは……」

「そ、それは……クソだな」


その返答に渚のキョトンとした顔つきになる。

まるで予想外の返答だっと言っているようだった。


「波人くんって結構親にもズバズバ言っていくタイプだったり?」

「僕は基本、我慢はしないよ、家族にはね」

「そうなんだ。羨ましい……」

「そうか?」

「うん。だって私はそんな素直になれないもん」


どこか遠くを見つめる渚。

勇気のある告白。僕はそう捉えた。

けど、言葉が出ない。


「親から求められ、それに答える。私はそうやって生きてきた。だから、波人くんのようになれない」

「べ、別に僕のようにならなくたっていいじゃないか?」

「え?」


「確かに、僕は家族にズバズバと容赦なく言えるけど、それがいいとは限らない。家族の形は人それぞれ、たまたま僕の家族はそういう形だったってだけで、渚には渚の家族なりの形がある」


「それって、私に…我慢しろってこと?」


そう、その返答は予想がついていた。

人それぞれの家族の形。確かに響きはいい。だがその切実、この言葉の裏に隠された本質はとても悪質だ。

それは家族という形の押し付け。

渚の家族の形が絶対に渚に合うとは限らない。

こればっかりは運としか言いようが無い。

だから、我慢しろ。そういう答えにいきつくのだ。


「まぁ、そうなるかな」


僕は心にもないことを言った。

でも、仕方がないことだ。

僕たち、学生は親のおかげで学校へ通えている。

それを忘てはいけない。

もし何かのきっかけで、渚と渚の家族との間にトラブルが起きれば、それは渚の未来に関わることだ。


「そうかぁ……やっぱり、我慢するしかないよね」


渚の瞳に光がなくなった。

どこか、遠い空を見つめている渚。それはあまりにも脆い自信の心をうつしている。

失敗した。選択を間違えた。僕はまた、


「もう、帰ろうか。こんな時間だし……」

「あ、うん。そうだね」


言葉に詰まる。

さっきまで軽かった足がまるで鉛を置いているかのように重い。

ベンチから立ち上がり、二人で一緒に歩いた。

だが、その帰り道、僕と渚は一言も喋ることはなかった。

そして分かれ道に到着する。


「じゃあ、私はこっちだから、じゃあね」

「あ、うん」


別れの挨拶をして、僕は家に向かった。

静かな帰り道。一人でその道を歩き、家に着く。


「ただいま…」

「お兄ちゃん、おかえり〜〜。今日は遅かったね」

「ちょっとな」

「元気がないよ。お兄ちゃん」

「真希には関係ないことだよ」


僕はそう言って、自分の部屋に向かった。

いつもよりも静かな部屋。なぜか心に違和感を感じている。


「はぁ〜〜どうして、僕は…いつも、大事な時に何も言えないんだ」


ただただ後悔という一言が心に響いている。

本当に、どう答えれば正解だったのか、そう思ってしまう。


「はぁ〜ダメだ、ダメだ。こんなんじゃあ、ダメだ」


わかってる。結局、何も解決していないと。

それどころか、悪化させている。そんな感じがして落ち着けない。


「お、お兄ちゃん…」


扉の開く音と共に、妹の真希の声が聞こえた。


「ど、どうした?」

「何かあったの?」

「なんだよ急に、何もなかったよ」

「嘘だよ。だってお兄ちゃん。苦しそうだもん……」

「……真希に関係ないことだよ。気にする必要はない」

「そう言って、また前みたいに一人で抱え込むの?」


何も言えない。何も言い返せない。

僕はただ黙っているしかなかった。


「お兄ちゃんは気にしてないかもしれないけど、私たちは家族だよ。相談してくれたって……また前みたいにお兄ちゃんが苦しんでいる姿なんて見たくないよ」


真希に悪気はない。ただ僕を心配してくれているだけ。

わかっている。このままじゃあダメなことくらい。


「ありがとう。真希、でも本当に大丈夫だから。それに俺はあの時のような失敗はもうしない」

「なら、そんな苦しそうな顔しないでよ」


真希の表情が歪む。今にも涙を流しそうな、潤った瞳。

過去は変えられない。

今更ながら、後悔する。


「真希は優しいな。今も昔も……」

「お兄ちゃんが何で苦しんでいるかはわからないけど、気持ちには素直になったほうがいい。お兄ちゃんだってそれは自覚しているはずでしょ」

「…そうだな。うん、素直になったほうがいい。それはわかってる。でも……」


俺の身勝手な考えで、その人の人生を壊したくない。

だって、俺が今考えていることは身勝手な行いだと自覚しているから。

これは俺の考えの押し付けであるから。


「怖いんだよ。また、また……」

「お兄ちゃん……」


ちょっとした過去。

中学3年生の頃、あった忘たい過去。

別にその過去で自分が変わったわけではない。

いや、多少は変わったかもしれないけど、根本は変わっていない…と思う。

ただただ、助けたかっただけだった。

なのに、俺のせいで壊してしまった。

助けようとしただけなのに、自分の身勝手な考えが、友達を壊してしまった。

あの時の俺は本当に馬鹿だった。

あの行いのおかげで俺は学んだ。考え方は人それぞれで自分の考えを人に押し付けてはいけないと。

だから、僕は自分の考えを表に出さず、ただ他人から来る考えを受け入れる。

そんな受け身の形を取った。

でも、でも、それではダメだということにも気づいていた。

おかげで高校1年生の頃は友達ができても上面だけの関係になってしまった。

そんな悲惨な高校1年の生活だった。


「怖い。怖い。もうあんな経験はしたくない」


あんな結果が生まれるのなら、友達なんて作らなくていい。そう思った。

けど、どこかで友達が欲しいという自分がいて、結局は頑張って友達を作ろうとする。

でも、決して深追いはしない。

いつでも、別れが来ても、悲しまない程度の距離で接する。

必ず心の壁を作るんだ。

だから、拒絶はなかった。平然と友達を作ろと思えた。


「お兄ちゃんはどうしたいの?」

「………」


けど。


それは自分自身についた嘘だった。本当は信頼できる友達が欲しかった。共に笑えられる友達が欲しかった。


だからこそ、渚との出会いは自分にとって、特別だった。あの出会いはきっと俺を前向きにさせていたんだと思う。


この出会いを大切にしたい、そんな思いが俺にはあったんだと今ならわかる。その気持ちを壊したくなかった。


だから、踏み出せない。過去の自分も今の自分も、決して歩み寄れない。


そんなんだから、いつも大事な時に、何もできない。


「やっぱり、変わるべきだよな」


「お兄ちゃん?」


心配そうに顔を覗く真希の表情。


本当にいい妹を持った。


「よし!!決めた!!!」


俺は立ち上がり、決心する表情を見せる。


「び、びっくりした…」


変わるべきだ。そう変わるべきなんだ。


それに。


この渚との出会いを台無しにはしたくない。


「お兄ちゃん…大丈夫?」


「大丈夫だ。お兄ちゃんは大丈夫だ!」


「やっぱり、大丈夫じゃないよ!!」


「大丈夫だ」


「大丈夫じゃない!!」


「大丈夫だ」


「大丈夫じゃない!!」


そんな会話を大声で繰り返していると。


「静かにしなさい。二人とも…」


『はい』


お母さんに怒られた俺と真希は息を揃えて、謝る。


「はぁ〜〜ご飯できたから、早くリビングに来なさい」


こうして、ご飯を食べた俺は自分の部屋に戻る。


自分の気持ちに整理はついた。だからこそ、やるべきことは自分なりに決めている。


やっぱり、まずは真剣に渚に向き合わないといけない。そのためにはまずは対面での話し合いが必要だ。


「今夜の失敗は明日の成功へと繋がる、俺はそう信じる!!と思いたいな……」


そう俺は明日、渚と一対一で勝負を仕掛けるのだ。


ーーーーーーーーーーーー


第1部も次は終幕!!

波人と渚の行き着く先は!?


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