第24話 出会いはいつも突然に
いつも通りの帰り道。
僕は毎日通る河川敷に到着する。
渚と偶然で会った時のように雨は降っていない。
生い茂る草の匂いもあの時比べれば、全く香らない。
土も踏みしめれば乾いていることがわかる。
「ふぅ〜〜緊張する」
いるのかどうかもわからないのに、まるで今から告白する一人の高校生のような気分だ。
胸に手を当てれば、心臓の鼓動が早く強く打ち鳴らしている。
「おいおい、これじゃあまるで……恋する一人の高校生じゃないか」
そう思いながら河川敷の橋の下へ一歩ずつ、近づいていく。
謎の緊張が今、僕の内で暴れている。
緊張という経験はたくさんしてきた。
特に中学学校3年間を言葉で表すなら緊張が一番当てはまる。
河川敷の橋の下を覗く。
期待はない。ただ知りたいだけ。心配なだけ。
ただこのまま知らないふりをしていたら、渚がどんな行動をするのか……。
人間は心が脆い状態が一番危険、ということはよく知っている。
「あっ……」
期待はしなかった。だって、いってほしいなんてただの願い。
そういう願いは大体叶わない。
だって、助けてほしいって願って王子様みたいにピンチから駆けつけて助けてくれるなんて現実的にありえない。
そんな願いはただの自己願望だ。
けど……。
たまには叶うもんなんだと実感した。
だって、こうして目の前に………。
「な、波人くんが、どうして……」
そこには体育座りで縮こまっている渚がいた。
雰囲気が暗い、表情も固い、活気がない。そこにいるの渚ではない。
そう思わせるほどに渚は弱っていることが見てわかる。
「渚っ大丈夫!!」
僕は渚の元へ駆け寄った。
焦った。心がざわめいた。
「何しにきたの?」
冷たい瞳で僕を見つめる。
瞳の奥は暗く真っ暗で、その場雰囲気がとても冷たかった。
「渚の元気がなかったから、心配でさぁ」
「そう、別に気にしなくてよかったのに、優しんだね。波人くんは…」
少しだけ渚の口角が上がった。
けど、それは作り笑顔だ。
「渚ってさぁ、もしかして抱え込むタイプ?」
僕はどこか遠くの方を見て、話しかける。
話す内容はなんでもいい。ただ話すきっかけを、会話が途切れないように、僕は話題を持ちかける。
「ど、どうなんだろう…けど、そうだね。う〜ん、そうかも……」
否定はしなかった。だが、少しだけ言葉に詰まっていた。
気まずさはない。
ただ渚に元気でいてほしい、その一心なのは確かだ。
無言の時間、僕も渚も何もない橋の上部分を見つめる。
「ねぇ、波人くん、一つ質問していいかな?」
真面目な表情が向けれた。
そんな表情をされて、答えない訳が無い。
「なに?」
「どうして、波人くんはあの時、この場所で、なんで何も聞かなかったの?」
これは本心だと、訴えかけてくるようなそんな真剣な眼差し。
その質問の時だけは瞳に光が宿っていた。
そんな渚は僕から決して目を離さない。
『なんで何も聞かなかったのか』、そんなこと言われても困る。
だって、それが俺だから。
そう答えるしかない。
ただもし、理由を具体的につけるなら、それは関わりたくなかったからだと思う。
こう見えてもめんどくさいことは基本関わりたくないタイプだからさぁ、どうしても避けちゃうんだよね。
だから、どうして僕が渚を心配しているのかわからない。
理由なんてないはずだ。なんなら、あの時、初めて渚と会った時なんて、何も思わなかったのに。
僕はどこか人との距離を置く節がある。
だから僕が渚に向ける言葉は一つ。
「心配だったから…」
僕の本心を渚にぶつけた。
偽りはない。嘘はない。ただただ真実を告げる。
僕もまた渚から目を離さない。
「………それは波人くんの本心?」
「うん」
「やっぱり、波人くんは……私と一緒だね」
「そうかもな……」
渚は
ここでの『私と一緒だね』の意味。僕はわかる。
お互いに仮面を被り、偽りの自分で覆い隠す。
そうすることで精神を安定させる。
なんて滑稽なんだろう。
だって、誰にも本性を見せないということは誰も信用しない。
誰にも本音を話さない。誰にも相談しない。
全て、一人で抱えることと同義だ。
それがどれだけ辛いことか。
僕は思う。
踏み込むべきかと、ここで一歩を踏み出せば、渚と2度と口を合わせることがなくなるかも知れない。
ここまで築いてきた関係。その全てが崩れるかも知れない恐怖。
渚は今も、僕から目を離さない。
真っ直ぐながらも、壊れそうな女の子。
「渚…話してくれよ。たとえひとときの関係だったとしても、一緒に楽しみを共有した友達だろう?俺は渚の苦しむ姿を見たくないよ」
「………」
俺は踏み込んだ。
渚の悩みに直接触れた。
本当に俺らしくない。そう思った。
すると渚は黙ったまま、橋を眺める。
沈黙の時間は辛さを思い出させる。過去を連想させる。
「私は……」
渚が口を開いた。
辛そうな表情で、崩れそうな顔で下を向いた。
緊張が走る。唾を飲み込む。手汗がじんわりと染みていく。
「うん。やっぱり波人くんと話してると落ち着くな〜〜」
「……はぁ!?」
そう言って、僕の膝に渚は顔を沈める。
綺麗な黒髪が僕の膝に触れる。女の子らしい香りがふんわりと広がる。
「な、何やってるの…」
「うん?嬉しくない?」
「いや、まぁ〜そ、その〜〜」
「ふふ、波人くん可愛い」
「うぅ〜〜」
僕の顔が真っ赤に染まる。
そんな顔を見て、渚は笑った。
優しく温かい笑顔。渚の温もりが伝わってくる。
渚と目が合う。
綺麗な顔、きちんと整った眉毛、潤った唇、美しい黒髪。
誰もが見ても美少女だが、そう言われるほど、身だしなみに気おつけていることが見てわかる。
「温かいな……」
渚は僕の右手に優しく頬に触れる。
とても安心したような緩んだ表情。それはまるで子犬のようだった。
「急にどうしたんだよ…」
「もう〜空気を読めないなんて、そんなんじゃモテないよ?」
「空気って…別にモテたいわけでもないし」
変な雰囲気だった。
今、僕の膝の上に渚がいる。近い距離に、少し手を伸ばせば届くほどに。
「男の子って、女の子にモテたいんじゃないの?」
「う〜ん、まぁそういう人もいるけど、僕は違う」
「そうなんだ…」
渚が憐れみな瞳で僕を見つめる。
何か失礼なことを考えている気がした。
「おい、何か失礼なことを考えてないか?」
「全然、そんなことないよ。決して、『ああ、今までお付き合いした経験がないんだな』なんて、全く考えなかったよ」
「なるほどな。渚の考えはわかった。そんな奴にはお仕置きだ!!」
そう言って、僕は無防備な渚の髪をグリグリした。
「ちょっと〜〜」
「渚が悪いんだぞ、渚が〜〜」
「ごめんって、ごめんってばぁ〜〜」
はぐらかされている。そんなことはわかっている。
でも、この時の渚はとても楽しそうな表情。本心で笑っていた気がした。
「渚……」
僕は真剣な表情、口調で投げかける。
渚は困った表情をしながら、目線を逸らす。
ダメかぁ〜〜っと思った。
すると、渚は口を開く。
「波人くんはさぁ、家族の前でいる時の自分と友達の前でいる時の自分…どっちが本当の自分だと思う?」
哲学の話だろうか。いや、違う。
きっと渚は一歩を踏み出そうとしている。
だから俺はこの機会を逃してはならないと、これが最後のチャンスだと、そう思った。
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