第16話 渚は僕との距離感が近すぎる件について
試着室は店内の奥側にあり、壁一面が白で覆われていた。
奥に続く道の左右には多くの人が一人一人、入れるほどの個室があり、その個室の一室一室に大きな鏡が置かれていた。
「ここにしようかな…さぁ!!波人くん、入りたまえよ」
「何だよ、その口調…」
「可愛くない?」
「………」
「あれ?」
少し考え込みながら、渚を見つめる。
「あ、あの〜〜」
「まぁ、それなりには?」
「そんなに考え込んで、それなり!!ひどいよ、波人くん…」
「そんなことより…」
「そんなことより!?」
「これ…どうすればいいんだ?」
こんな陰キャが試着室に来たことがあるはずがなく、普通に戸惑う波人。
真っ白な壁もなぜか違和感というか…少し、白すぎる気がする。
周りを見渡せば、そこまで人はいなかった。
女性が数名と恋人が数名ってところだ。
「とりあえず、これとこれとこれとこれと………」
「多くね?」
素でポロッと声が漏れた。
流石に多すぎません?だって見ただけでも5着以上は………。
「多くないよ、それより、早く入って波人くん……」
キラキラとした瞳で僕を見つめる。
きっと本当に、気に入ると思っている瞳だ。
「はぁ〜よし、じゃあ、ドンドンこい!!」
「そう来なくっちゃ!!それに似合う服を選んだから、期待してていいよ」
やっぱりノリノリだな、渚は………。本当に楽しそう。
僕は初めて、目の前に鏡がある個室に入った。
「へぇ〜ハンガーもちゃんとあるんだ、案外しっかりしている……」
少し感心したところで、渡された服を手で取る。
見たこともない服や手触り、そして色……。
「やっぱり、女の子ってこういうセンスがあるのかな?」
色の組み合わせや、素材の相性、素材次第では同じ色でも同じ色に見えない場合もある。
そこら辺の細かい繊細な部分まで女の子はしっかりとわかっているのかもしれない。
「ふぅ〜着てみるか…」
仕切られたカーテンをガシャっと開ける。
「わぁ〜〜〜うん!うん!、かっこいいよ、波人くん!!」
「そ、そうか?」
黒と白のコーディネート、素材とかよく分からないが、まぁありがちな色ではある。
だが、羽織一枚に加え、色を一つ加わるだけで、ここまで変わるのか……。
「渚…」
「なに?」
「すごいな」
「ふふん、でしょう!!じゃあ、次いこか!!」
こうして僕たちは何回も試着しては渚に見せてを繰り返した。
「つ、疲れたぁ〜〜」
「お疲れ様、どうだった?波人くん」
「楽しかったし、勉強にもなったかな…服とかファッションとかコーディネートとかよく分からなかったし…」
「なら、よかった…じゃあ、次は私を見てもらおうかな…」
「………うん?」
渚の口から「私を見てもらおうかな」って聞こえた気がした。
どういう意味だろう…普通に考えたら、某G○にいるんだから、服だよな…。
でもこんな陰キャに渚がそんなこと……。
いや待て、そもそも渚と二人で遊んでいる時点で〜〜いや、でもなぁ〜〜。
「よ〜し、じゃあ〜波人くん、ちょっと待っててね」
「あ、うん」
あ、入っちゃった…。どうしよう、僕はどう反応すればいいのかな……。
なるべく失礼がないようにしないと…でも、緊張する〜〜〜!!
はぁ〜落ち着け僕…な〜にいつも通り、いつも通りにいればいいんだ。
そうだ、緊張するな!!僕!!
深呼吸しながら、胸をさすり、緊張をほぐしていると……。
カーテンが開いた。
「どう?似合ってるかな…?」
恥ずかしげにしながら、服を見せる渚。
頬が薄く染まっている、あんなにも見せる気満々だったのに、いざ見せるとなると緊張するし恥ずかしい。
そんな感情が顔の表情から
「………」
「波人くん〜、こんな私を見て、感想の一言もないわけ?」
「あ、いや〜その…」
頑張って笑顔を作っているが、まだ頬は薄く染まっている。
恥ずかしさを我慢している姿もまた可愛く、わかってしまう僕は言葉を失う。
いやまぁ〜確かにすごく似合っているのだが…その〜恥ずかしがっている姿もまた可愛いというか……。
けどそんなこと言ったら、絶対怒られる。
「可愛いと思うよ…そのすごく、引き立っているというか、渚の良さが全面に出てて、うん…可愛いと思う」
けど、流石に安直だったかもしれない。
まぁそもそも僕が女の子を褒めた経験がないから、下手に褒めるとキモがられるし、だからと言って褒めないのも傷つける。
その結果、褒め言葉が安直になってしまう。
ーー大丈夫だよな?怒ってないよね?
そんな不安に駆られていると……。
すると少し目線を下にそらしながら渚は……。
「あ、ありがとう…」
と小さな声で囁いた。
目線は僕に合わせず、少しキョロキョロしている。
「よし!!じゃあ、僕はこの選んでもらった服を買おうかな!!渚はどうするんだ?」
「わ、私も、この服買おうかな!!はははっ……」
変な雰囲気が流れると、周りから「ふふっ…」と声が聞こえた。
周りを見渡すと、お客さん達が初々しいそうな瞳でクスクスっと笑っていた。
僕たちは周りからの反応の意図に気づき、顔が徐々に赤くなる。
「会計に行こうか…」
「う、うん…」
そのままその場にはとどまれず、会計のところまで走った。
僕たちは会計を済ませて、無事に買い物を終えた。
「い、いい買い物だったね…な、な、波人くん」
「あっ、そ、そうだね、はははっ」
少し気まずくなったが、すぐに本調子に戻った……渚が。
「楽しかった〜〜〜ねぇねぇ波人くん」
「な、なに?」
「波人くん、まだ気にしてるの〜〜?」
「べ、別に気にしてないし…全然、全く…」
「もう〜〜嘘が下手だな〜」
「くぅ……」
渚は自覚がないのか?クラス内で一番人気があって、可愛いことを……。
まぁ〜それはないか…けど!!少しぐらい、その距離感というものしっかりしてほしい!!
近いんだよな〜〜渚は……。
「ふふん、それよりも、そろそろいい時間だし…いっとく?」
「いっとく?」
なんだ?いっとくとは?いっとく…いっとく…いっとく…。
分からん。いや、待てまさか!?
渚の後ろにある、とある建物が視界に写る。
その建物はラ○ホだ。
もしかして、渚の言う、「いっとく」は……
「いっとく…ってもしかして…」
「そう!!夜ご飯!!」
「へぇ?」
「そろそろいい時間じゃない?だから夜ご飯、食べようよ」
「あ、ああそうだね」
なんだびっくりした…そうだよな、うん、渚がそんなところに行くはずがない。
最近、変な方向に考えが偏っている気がするけど、気のせいだよね?
けど、僕がそんな考えをするなんて恥ずかしい……。
途中から恥ずかしくなり、自然と下を向いてしまう波人。
「波人くん?大丈夫?下向いて……」
「だ、大丈夫です」
「どうして、敬語なの?はははっ…まぁいいか、で夜ご飯どうする?」
「そ、そうだね…え〜と」
僕はスマホを取り出し、検索する。
とはいえ、僕ってそこまでお店、知らないんだよな。
さて、どうしたものか……。
「あれ?渚ちゃん?」
ふと渚を呼ぶ声が聞こえた。
僕と渚は声が聞こえた方向に顔を向けると、そこには見知らぬ女子がいた。
「あ、阿澄ちゃん!?」
「あれ?どうしてこんなところに……」
阿澄さんはそう言いながら、僕の顔に目線を向ける。
するとじ〜と見つめてきた。
「なるほど、なるほど…」
急に腕を組んで頷く阿澄さん。
なんで、頷いてるんだ?そう思った。
「全く…渚ちゃんも罪に置けないなぁ〜〜」
「な、何よ…」
「いつもクールなのに、こう言う時はちゃんと甘えるんだぁな〜〜って」
「ちょっっ!!」
「まぁ、この事は秘密にしておいてあげる、じゃあね波人くんと渚ちゃん…楽しいひと時の夜を楽しんでね」
「ちょっと!!勘違いしないでよ!!」
渚が叫ぶと同時に阿澄さんは走ってどっかへ行ってしまった。
しかし、僕はずっと思っていた。
阿澄さんって誰?
去っていた阿澄さん。そして。
「いいネタゲットしちゃったな〜〜ふふふっ渚ちゃんのあの噂も本当だったみたいだし…」
一枚の写真を握りしめる。
「波人くん……」
その感情が怒りなのか、嫉妬なのか分からない。
「絶対に許さないんだからね…」
ただその瞳には確かに闘志が宿っていた。
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