第10話 波人と紗枝の絡み

目が合う二人、驚きのあまりに一瞬、時が止まった。

すぐに我に返り、夏樹さんから少し気まずそうにしながら話しかける。


「あ、え〜と、確か…五十嵐くん…だったよね?」

「う…うん」


お互いの気まずい空気が家庭科室に充満する。


「いや〜偶然だね…ははは…」

「ははは…」

「そういえば、五十嵐くんはどうしてここに来たの?」

「あ、それは……ブックカバーを直しに…」

「ブックカバー?」

「うん…」


そう僕は今日、家庭科室でブックカバーを縫い直すために来たのだ。

知っての通り、僕は本を読むのが大好きだ。


本を読むのが好きな人はわかると思うが、本を読み続けると、ブックカバーが欲しく

なる時期がくる。


実際に僕はブックカバーが欲しくなり、いくつか買っていた。

本革、合成革、布など、いろいろな素材で作られているブックカバー。

僕はその中の布派で、少し前に縫われてた糸がほつれたので、家庭科室に来たのだが、まさか夏樹さんがいるなんて……。


「へぇ〜そうなんだ」

「夏樹さんは?」


ーーここはひとまず、会話を繋げるんだ


僕の経験上、ここからさらに気まずい空気が流れるはずだ。

気まずい空気は陰キャも陽キャも好まない。


「私は、忘れてきた体操服を取りに来たんだ…」

「体操服……そうか、女子の更衣室ってこの高校にはないから…」

「うん、そうなんだぁ〜〜本当に不便なんだよね」


そう、この高校、実は男子更衣室と女子更衣室がないのだ。

校舎がかなり前に造られ、設計ミスでないとか……。

男子は教室で着替えているが女子が教室で着替えるわけにもいかず、空いている家庭科室などで着替えている。


「五十嵐くんってミシン縫えるの?」

「あ、うん…」

「へぇ〜〜今から縫うの?」

「そのつもりだけど…」


興味津々そうな輝かしい瞳でこちらを見つめてくる。

ゆっくりと一歩ずつ、僕に歩み寄り……。

窓から反射する夕日が偶然にも夏樹を照らし、夕陽を浴びたその姿は渚さんの引けを取らない。

夕陽に照らされているからか、頬が赤く染まっているように見えた。


「ねぇ…私、見てみたいな?五十嵐くんの……」

「え…」


思わず、声が漏れる。

いつも渚さんと楽しく話す夏樹さん、僕の印象は友達思い出、明るく優しい人、そんな印象があった。

けど、今の夏樹さんは少し大人びていて、少し色っぽい……。


「ダメかな?」


上目遣いで笑顔を僕に向ける紗枝。


ーーか、か…かわ…


「べ、別にいいけど…見ててもつまらないよ?」

「いいよ!」


何故か僕はブックカバーを直す様子を夏樹さんに見せることになった。


ーーあれ?夏樹さんと初めて喋った…よな?


突然、脳内に降りかかる疑問。

渚さんの友達、それが僕の印象だ。

そして、僕の記憶では夏樹さんと喋った記憶はない。

つまり、僕と夏樹さんは今日、ここで初めて、会話をしたのだ。


僕はミシンでブックカバーを縫い直している中、夏樹さんに聞いた。


「僕って夏樹さんと初めて話しますよね?」

「そうだね、でも私は結構前から五十嵐くんのこと知ってるよ?」

「え…?」

「だって渚ちゃん、君のことばっか話すんだよ、だから自然と距離が近くなっちゃうんだよね〜〜もしかして迷惑だった?」

「全然そんなことないけど…けど今話しているとなんか、僕のイメージする夏樹さんと違うな〜やっぱり、会話するのとしないとじゃあ、全然、印象が変わるんだな…」

?」


夏樹紗枝は頭を傾げる。


「うん」


ガタガタガタとミシンで糸を縫い付ける音が響く。

そんな音すら気にならないほどに五十嵐くんが口にした「イメージ」という言葉が私の心をざわめつかせる。


ーーあれ?どうしたの…私?


「ふぅ〜終わった…」


ブックカバーの縫い付けが終わり、夏樹さんの方を見る。


「うん?夏樹さん…?」

「あ、うん、何?」

「いや、なんでもないですけど…」


ほんの少しの間の沈黙、少しモゾモゾしながら紗枝は五十嵐くんに話しかける。


「あ、あのちょっと聞いてもいいかな?……その今の私のイメージを教えてくれない?……」


ーー夏樹さん?


僕は戸惑いを見せる。

頬を染めて、モゾモゾしながら話しかけてくる夏樹さん。

微妙な上目遣いが男心を揺さぶらせる。


ーー急に何を言っているんだ…


だが、そんな顔で言われたら、答えるしかないじゃないか。

だって、そうだろう!!

可愛くて綺麗な女の子からモゾモゾしながら上目遣いで頼まれたら、誰だって喜んで引き受けるだろ?


僕は視線を少し斜め上を向きながら、答える。


「今はその…結構積極的で…それでとても笑顔が素敵で…案外、子供っぽい?……かな」


「ふぅ〜ん、あ、ありがとう…」


何故か、お互い両思いでありながら、お互いに勇気が出せず、告白できない、そんな雰囲気が漂う。


「けど、そうか…私は子供っぽいか〜」


その返答を聞いてホッとする気持ちと同時に、口元の広角が上がりそうになり、それを舌を噛んで、抑える。


ーー子供っぽい、そんなことを言われたのは初めてだな〜〜


「え、そのごめん…子供っぽいって言って…」

「全然、謝らなくていいよ…」


その時の夏樹さんは幸せそうな満遍な笑顔だった。

怒らせたと思ったけどそうではないのかと思う波人。


「ねぇ、私たちは今、二人っきりで会話しているよね?」

「言い方がかなり、危ういけど、そうだね…」

「つまり、私たちはもう友達、そういうことだよね…」

「あ、いや…そ、それは…」

「そういうことだよね?」


何故か、圧が強い紗枝。顔を近づけ、眉を八の字にして頬を膨らませ、むぅっとした顔をする。


ーー顔が近いよ…夏樹さん


少しだけ渚さんの雰囲気を感じ取る波人。


「友達が、苗字で呼び合ってるなんて、おかしいと思わない?」

「そ、それはまぁ…」

「じゃあ、今日から私のことを紗枝と呼んでね」

「え…ムリムリムリムリ……夏樹さんを名前で呼び捨てなんて…ムリ」

「え〜なんでよ!!」

「ただでさえ…」

「ただでさえ?」


そこで言葉が詰まる。


ーー流石に言わないほうがいいよな、「渚さんと同じ雰囲気を感じる」なんて…


「いや〜〜ほら、僕なんかが夏樹さんと馴れ馴れしくしたら、勘違いされるかもしれないし、め、迷惑かけちゃうから」


あたふたと答える波人。しかし、ほのかに悲しそうな顔をおぼつかせる。


「そんな顔しないで!それに迷惑をかけちゃうって言うけど、世の中に迷惑をかけない人なんていないんだよ…だから…そんな距離を作るような悲しいことしないで…」


憐れみの言葉じゃなかった、傷勝手の言葉じゃなかった、ただ心配しての言葉だった。

お怒りながらも、悲しんでくれている紗枝。


「わかったよ…」

「うん!!じゃあこれからは私のことを紗枝と呼ぶこと…わかった?波人」

「うん…え〜と、さ…え?」


恥ずかしながら、モゴモゴと口にする。


「よろしい…じゃあ渚ちゃんのことも呼び捨てで言えるよね?」

「え…」

「え…、じゃないよ、だってそうでしょう?私のことは呼び捨てで言えるんだから…ね?」


ーーなんか、嵌められた気がするんだが…


「まぁ、頑張ってみる」

「よし!!じゃあ、帰ろっか」

「いや、一緒に帰るのはちょっと…」

「え〜〜」

「え〜〜、じゃないよ…ほら帰るならさっさと帰りな、紗枝」

「なっ!?」


呼び捨てで自然と呼ばれて、恥ずかしくなる紗枝。

頬を赤く染めて、驚きの顔をする。


「恥ずかしがらないでくれない…こっちも恥ずかしくなるから」

「不意打ちしてくる波人が悪い!!」

「なんで!?」

「もう、じゃあ、私は本当に帰るから…波人、本当に一緒に帰らないの?」

「うん…」

「そっかぁ…じゃあまた明日ね」

「ああ、また明日…」


家庭科室の扉をガラリっと開けて、紗枝は帰った。


紗枝は家庭科室から出ると廊下を駆け抜けた。

を手で抑え、それを紛らわせるかのように走る抜ける。


「おい!!廊下を走るな!!」


「す、すいません!!」


先生に怒られ、謝るも廊下を走った。


ーーなんで、こんなにドキドキしているの?


わからない、わからない、原因がわからない。

こんな気持ちになるのは初めてだった。

こんなに胸が高鳴ることなんてなかった。


ーーおかしいよ、私…おかしいよ…


ただただ通学路を走り続ける。


「はぁはぁはぁはぁ…つ、疲れたぁ〜」


走りすぎて、息が上がる。胸の鼓動も大きく高鳴っている。

なのに、あの変な感覚は残ったままだった。


「はぁ〜本当にどうしちゃったんだろう、私…」


最初、家庭科室であったときは何もなかったのに……。

あのを聞いてからずっと鼓動の高鳴りが治らない。

私はこの時、このがなんなのか、わからなかった。



そして次の日、波人は渚さんに呼ばれ、何故か屋上に連れてこられる。


「な、何のよう?」

「ねぇ、波人くん…今週の土曜日ひま?」

「え…まぁ暇だけど…」

「じゃあ、土曜日にさぁ、一緒に遊ばない?」

「え?」


それは渚さんからの突然の遊びの約束だった。



ーーーーーーーーーーーー


ちょうど10話目と言うことで読んでいただきありがとうございます。

ここでのちょっとした小話、この作品に登場する各ヒロインの設定には少し歪んだ性格があります。

そして実はそれをちょっとだけ、描写しているんですよ。

わかりましたか?

と言うことでこれからも応援よろしくお願いします。


目指すはカクヨムコンテスト8、ラブコメ部門大賞!!


『面白い』『続きが気になる』と思ったら『☆☆☆』評価お願いします!!








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