第6話 天音渚の幼馴染、夏樹紗枝は疑う

ついにおそるに恐れていた自己紹介の日を迎えた。


憂鬱な気分がじわじわと広がっていく中、僕はさらに渚さんのお弁当箱を返さなくて引けない。


よくあることなのだが、自分が行った後の行動に後悔する事なんて事はないだろうか。


正直に言おう、僕は今、渚さんと会うのがすごく気まずい、なぜあんなことを言ってしまったのか!!


『いや、流石に渚さんと二人で一緒に帰るのは、ちょっと…』


ーーあああ!!思い出すだけ頭が痛い!!


どんどんドンっと近づいてくる足音が聞こえてくる。


「よ!おはよう、五十嵐!!」


肩をたたいて笑顔で挨拶してきたのは安曇正志(あずみまさし)、最近、仲良くなった?クラスメイトだ。


「お、おはよう」


「どうした?元気がないぞ」


「いや、なんでもないよ」


「そ、そうか…な、なんかあったらいつでも呼べよ」


心配そうな顔しながら、僕のことを安否する正志くん。


ーー正志くんってこんなに心配してくれる子だっけ?


てか、心配されるってことは顔に出てるってことだよな。


頬を叩いて、気合いを入れる。


「よし!!」

「そういや、あと1ヶ月後だよな」

「え、何が?」

「生徒会選挙だよ」

「ああ、そういえば…」


生徒会選挙、普通なら誰もが嫌がるのだが、この高校は違う。


代々うちの高校では、生徒会を経験した者に大学への推薦権の優遇権がもらえるのだ。


しかも、生徒会でも役職のよってその優遇度も全く違う。


さらに、この高校には附属大学もあるので、生徒会に一度でも入れば、まず大学にはいける。


まさしく、高校の中でトップで生徒会が人気なのだ。


ーーまぁ僕は生徒会に入る気ないけどね


そもそも生徒会の挑戦権があるのは成績上位30名のみで、1年生の場合は入試時の成績を順位で発表し、2、3年生は3学期の学期末のテストで発表された順位で決まる。


僕は学年55位、そもそも生徒会に挑戦すらできないのだ。


「はぁ〜俺が学年順位高ければな〜〜」


「そんなに生徒会に入りたいの?」


「そうりゃ、そうだろう…将来、心配じゃん」


「まぁ、そうだけど」


ーー正志くんがそんな将来のことを考えるなんて意外だな、全然考えなさそうなのに


久しぶりに人と話しながらの登校、最初は嫌だったけど、悪くないとは思った。


教室に入ると、昨日見た冷たい目線が注がれる。


「あれ?正志、五十嵐ときたの?」


「ああ、俺たちはダチになったんだ!な!」


「う、うん、そうだね」


勝手にお友達認定をされたが、まぁ正志くんが悪い人じゃないことはわかっているし、いいかな別に。


「へぇ〜意外な組み合わせだな」

「そうか?」


二人が話している間に、僕は自分の席に座る。


ーー自己紹介どうしよう…


「はぁ〜〜」

「昨日もため息ついてたよね」


話しかけてきたのは渚さんだった。


「ねぇ、聞いていい?」

「は、はい」


ーーなんか、渚さんがすごく怖いんだけど、めっちゃ笑顔なのに、怖いんだけど!!


素敵な笑顔と裏腹に、何か圧を感じる僕、まるで後ろに虎でも飼っているのではと疑うほどに。


「どうして…正志くんと、」


するとチャイムが鳴った。


ガラガラっと教室の扉が開き、先生が元気よく出てくる。


「おはよう!!みんな!!」

「う、また今度ね、波人くん」

「…うん」


ーーすごく怖いかった、なんであんなに怒って…


「くぅ〜渚ちゃん」


ーー正志くん、また泣いてるし


「今日もみんな、元気そうで何より…そして今日は待ちに待った!!自己紹介!!午後6時間目の時間を空けておいたから、まだ考えられてない人はしっかりと考えておくように」


6時間目、その時間こそ僕の勝負どころ、すでに自己紹介文は考えてある。


ーーいつでもかかってこい!!『自己紹介』!!


僕の瞳には『自己紹介』が大きなライオンに見えた。


お昼時間、僕はいつも通り、こっそりとお弁当箱をバックから取り出し、ご飯を食べようとしたところ、正志が後ろを振り向いて元気よく笑顔で話しかける。


「一緒にご飯食べようぜ」

「別にいいけど、他の友達と食べなくていいの?」

「ああ、いいのいいの」


正志くんは僕の机に青いお弁当箱を置く。


「正志くんってお弁当なんだ」

「ああ、妹が作ってくれるんだよ」

「へぇ〜いい妹さんだね」


「まぁな、ただあいつ受験生なのに俺の分まで作ってくれるんだよ〜俺の弁当はいいから勉強しろって言ってはいるんだけど、そういうと『栄養管理ができないお兄ちゃんが、何言ってるの!!』って怒られちゃってさぁ」


「めちゃくちゃお兄ちゃん思いのいい妹さんじゃん」

「まぁ、俺自慢の妹だからな、五十嵐にはやらんぞ」

「ははは…誰もほしいなんて言ってねぇよ」


ーーおっと、つい本音が…


正志をチラッと見ると気にせず、ご飯を食べていた。


「五十嵐は食べないのか?」

「食べるけど…」


ーー正志くんって結構、能天気なのかな?


奇妙な組み合わせの中、普通におしゃべりをしながら、お昼ご飯を食べた僕たち。


そんな中、渚ちゃん達は……。


「渚?どこ見てるの?」

「う?うんうん、ちょっと…あははは、あっこの卵焼き美味しいな〜〜」


とごまかす渚ちゃん。


「もう、最近の渚ちゃん、おかしいよ?何かあったの?」

「え…べ、別に何もないけど」

「ふぅ〜〜〜〜」

「な、なによ」

「もしかしてもしなくても、五十嵐くんと何かあったの?」


「うぅ…」


「やっぱり何かあったんだね」


この子の名前は夏樹紗枝(なつきさえ)、渚ちゃんとは幼稚園からの付き合いで幼馴染だ。

周りの女子よりは少し可愛いく、渚ちゃんといることで本来なら薄れていく可愛さが逆に引き立ってしまう、珍しい茶髪ショートヘアな女子高生。


男子生徒からも少なからず、人気を得ている。


「紗枝ちゃんには、関係ないでしょ」


「関係ないわけないわけないじゃん、だって最近まで男子生徒に興味なんて微塵もなさそうだったのに、気づけば、めっちゃアタックしてるじゃん!!」


「そ、それは…」

「何を隠しているのかな?な・ぎ・さ・ちゃん!!」


と肩を両手で掴み、問い詰める紗枝。


「顔が怖いよ〜〜」

「さぁ、吐きなさい」


するとチャイムが鳴る。


「ほら、紗枝ちゃん、チャイムがなったし、片付けよ」

「あくまでも白を切るんだね…わかった、渚ちゃんが言いたくないなら言わなくていい」

「紗枝ちゃん…」

「それにこんなことで嫌われたくないしね」

「紗枝ちゃん、ごめんね」


すると紗枝が渚ちゃんの耳元へふわっと囁く。


「私…渚ちゃんのこと応援してるからね」

「ちょっと!!紗枝ちゃん!!」


耳元で囁かれ、ゾワッとする渚ちゃん、頬を染めて怒り顔で紗枝ちゃんを軽く柔らかい手で叩く。


「隠し事をする渚ちゃんへの罰だよ」


そんな様子をふんわりと眺める男子生徒達。


「今日もかわいいな渚ちゃん」

「ああ、だがやっぱり紗枝ちゃんも捨てがたい」

「わかるわ〜〜それ〜〜」

「高嶺の花という美しい花の隣に咲く一輪の花…素晴らしい」


と語り合っている男子生徒達。


「何やってんだ、あいつら…」

「さぁ…」


ーーお昼時間中に返そうと思ったけど、あの空気は…返そうにないな


「おい!!お前達!!お昼時間はとっくに終わっているぞ!!早く授業の準備をせんか!!」



先生が教室の扉をドンっと開けて、怒った。

先生が怒って教室に入ると生徒達は慌てて、自分の席に座る。


そして5時間目の授業が始まり、『自己紹介』の時間が迫りつつあった。



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