第3話 天音渚との出会い 2

 僕はどうすれば良いのかわからなかった。


 まず、どうして天音渚さんがこんなところで泣いているのか、なぜ今でも壊れてしまいそうな表情を浮かべているのか。


 ついつい無意識に声をかけてしまったが、僕の鼓動は外からでも聴こそうなほどに高鳴っていた。


「…あなたは、確か…波人くん」


 天音渚が僕の名前を呼んだ。


ーー僕の名前……


 まさか、僕の名前が天音渚さんの口から出てくるとは思わず、少し動揺する。


「てか、こっち見ないで」


 僕の知る天音渚さんとの印象とは少し違って、教室ではあんなにも優しい言葉遣いで、生徒たちに笑顔を振りまく、天使のような存在だったのが、今、僕の目の前にいる彼女は、強がっているか弱い少女に見えてしまう。


 制服が雨に打たれ透けていて、下着が見えそうな姿を頬を赤くしながら、両手で隠す姿はとても美しく、僕でもつい、チラ見をしてしまう。


「見ないでと言ったはずですが…」


「あ、その、ごめん…」


ーーダメだ、見ないように意識してもつい目が


「まさか、こんな姿をあなたに見られるなんて…」


 僕とは目を合わせず、少し眉を細めながら、不満を口にする。


 何かあったのは間違いないだろうが、それを聞くのは他人として少し気が引ける。


 けど、このままにしておくのも違うと思った。


「雨、止まないね」


「え?」


 こっちを向きながら、「え?」と驚きの顔を見せた。


 突然、話しかけたことに驚いたのか、もしくは僕なんかが話しかけてきたことに驚いたのかはわからない。


「雨の音ってさぁ、嫌な音も消してくれるって知ってた?」


「………」


 彼女は僕の顔を真剣な眼差しでじっと見つめる。


ーーなんか、目線が


 何かを訴えかけているかのような目線、僕は紛らわすために話を続ける。


「いつも嫌なことがあると、ゲームとか運動とか、自分の体や脳を動かすことで嫌なことを忘れる、僕って結構、そういう人生でさぁ、で!嫌なことをどれだけ長い時間忘れる方法を見つけたわけ…」


 僕は変なスイッチが入ったのか、少し熱く語る。


 興味なさそうに相手が聞いていたら、すぐに話すことをやめていただろう、けどなぜか天音渚は僕の顔をじっと見つめている。


 これで真面目に聞いているかと言われれば、違うと思うが自然と僕は口にしていた。


「それが…『雨の音』、ただゴーゴーと重い音に聞こえるけど、よくよく耳を澄ますと、微かに聞こえる虫の音やコンクリートに打ち付けれる雨音、壁に染み込んだ雨が大きな粒になって滴る音、いろんな音が聞こえてくる…」


 僕は自分が思っていることを本心で伝えた。


 こんな話、きっと興味なんてないと思うけど、まぁこんな話、滅多にしないしそれに天音渚さんと話すのもこれが最後だろうし。


「そんな音を目を閉じて聞いてみると自然と嫌なことなんて忘れてた、渚さんもやって見て」


ーー何言ってるんだ、僕!!恥ずかしいぃぃぃ!!しかも、渚さんって…


 雰囲気に流され、ついつい名前を口にしてしまった。


ーーいけない、つい漫画に出てきたセリフの真似事を、あ〜〜し、死にたい


 恥ずかしすぎて、頭を抱え、下を向く僕だったが、天音渚さんの顔をチラッと見ると、目を閉じ、耳を澄ませていた。


ーーえ、本当にやってる


 別に嘘をついていたわけではない、実際僕は、雨が降っている日はよく、目を閉じて、雨の音を聞いていた。


 目を閉じた姿、耳を澄ます姿、まだ乾いていない制服に雨の滴(しずく)が滴る姿、こんな姿を見て男子が見惚れないはずがない。


ーーてか、普通にその……目のやり場が…


「……うん、なんか少し落ち着いたかも」


「そ、そうならよかった…」


 さっきまで、泣き崩しそうな顔で、触れてしまえば壊れそうな表情をしていたのが、少し落ち着きを取り戻し、まだ泣いたあとが目元に残ってはいるものの、瞳に強い輝きを取り戻していた。


 気づけば、雨雲は去っており、河川敷の橋の下に太陽の日差しが差し込んだ。


「あ、晴れたみたい」


 と天音渚は少し元気な口調で言った。


 河川敷の橋の下を出ると、雲はほとんどなく、白いほどに冴え返った太陽の光が照らさせる。


「これで、やっと帰れる」


 僕は晴れたことに喜び、少し涙目になりながら、ボソリと呟く。


 僕と天音渚は濡れた草原を進み、舗装された道に向かう。


ーーこの沈黙、きつい


 少し喋ったとはいえ、数時間の関係、気まずさもあるし、こんな僕と一緒にいるのは迷惑なのではと思考が巡る。


 途中、舗装された道に続く雨で濡れた草原の坂道を登る、ふわりと吹く風が天音渚の歩みを止め、髪がなびいた。


 なびいた髪を邪魔そうに耳元にかける仕草は美しくそんな姿を下から見上げた僕は見惚れてしまった。


ーーきれいだ


「…なに?じろじろ見て」


「あ、いや、そのなんでもない」


 見惚れた、だらしない姿の僕を気にしたのか、声をかけられた。急に話しかけられた僕は、オドオドしながら、なけなしの返事をしてしまった。


「…今日あったことは絶対に誰にも言わないでね、波人くん」


 少し不機嫌気味に腕を組み、眉間を寄せながら、ツンツンとした声で僕に話しかける。


「あ、うん」


 僕は緊張しすぎて、言葉がうまく出てこなかった。


ーー僕って今、天音渚さんと一緒に…


 急に頭に血が上り、恥ずかしくなってくる波人。


 いつも優しい天使のような存在な天音渚さんのイメージが少し変わったけど、ツンツンとした言葉口調に変わっても、根本の天音渚さんの優しさは変わらないと感じた。


 そして少し恥ずかしそうに顔を隠し、完全に隠しきれていない隙間から頬が染まっているのがわかる。


「ありがとう…」


 と渚さんは小声で口にする。


「え?」


 天音渚さんの口から「ありがとう…」と聞こえた気がした。


 なぜ、お礼を言われたのかわからず、動揺もするが、あまりにも唐突で驚きの声が漏れてしまう。


「じゃあ、私はこっちだから…」


 河川敷から二つの分かれ道の中、天音渚さんが指を指す。僕の家の方角とちょうど逆だった。


 それが嬉しいのか悲しいのか、よくわからないモヤモヤした気持ちになった。


「僕は逆だから、じゃあね」


 僕は頑張って言葉を捻り出し、失礼のないようにお別れの言葉を口にした。


ーー僕も他の男子生徒と同じように彼女に毒されてしまったのかな


彼女に背を向けて、ゆっくりと家に続く道を進む。


「あ、あのっ!!!!」


 後ろから天音渚さんの呼び止める声が聞こえた。


 僕は咄嗟に後ろを振り返ると天音渚は口にする。


「波人くん…また、明日」


 見たこともない、天使の微笑み、僕に向けて小さく手を振って、「波人くん…また、明日」と口にした。


 そのまま天音渚は元気よく背を向けて、ゆっくりと帰り道を歩き出した。


 ドクンドクンと心臓の鼓動が高鳴る、自然と胸に手を当てて、鼓動を確認する。


「やばい、あれは惚れない人なんていないよ…」


 別に僕が惚れたわけではない、ただあの笑顔とセリフは反則だなと思っただけだ。


 河川敷の橋の下で最初は弱々しかったけど、帰りの彼女は元気に溢れたいつも通り、学校でよく見る彼女に戻っていた気がした。


 僕では力になれないけど、彼女は強いから、きっと大丈夫。


ーーてか、「また明日」って、ラブコメの主人公に対して言われるセリフだよな


 実はラブコメの主人公になった気分になったことは心の中で留めておこう。


「まぁ、これが高校生最後の思い出になっているんだろうな」


 また明日、いつも通りの日常が始まる。




 次の日、教室に入ると、いつも騒ぐグループが僕の机の周辺に群がっていた。


ーーうわ、邪魔なんだけど


 僕はそろそろと緊張しながら、机に向かうと


「あ、波人くん〜〜〜!!」


 と誰かが僕の名前を呼んだ。


「え…」


 僕は聞こえてくる方向に向くと、『クラスで一番可愛い女の子』の天音渚がこっちを向いて、手を大きく振っていた。


「おはよう〜〜!!」


 元気な笑顔で挨拶をする天音渚。


「お、おはよう」


 その反応にもちろん、周りは僕に目線が集中し、気まずい空気が流れた。


ーーーーーーーーーー


※12月1日に4話を投稿します。











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