第2話 天音渚との出会い 1

 僕はその後、特に特別なこともなく、ごく普通に学生として過ごし、学校の授業を終えた。


 とはいえ、『自己紹介』が明後日に待っている以上、むしろこれから引き締めないといけない。


 僕が自己紹介をすれば、ほぼ間違いなく『沈黙』が待っている、ならどれだけ精神的ダメージを減らし、自己紹介に挑むか、それにかかっている。


 そのためにも念入りに計画し、できる限り目立つことなく、かつ地味で、それでいて結構ありきたりな自己紹介文を考え、書かなくてはいけない。


 学校の帰り道、僕はいつも読んでいる本をバックに入れて、騒がしい教室を出ると、トントントンっと走る音と共に見知らぬ生徒とぶつかり、足場がもつれて横転しそうなる。


 なんとか、教室の扉を掴み、難を逃れると自分の胸元にすっぽりハマる小柄な女の子が「いてて…」と声を上げる。


ーーなんかすごく、女子力溢れるいい匂いが


「って、ご、ごめんなさい!!」


 俺は反射的に女の子から遠ざかり、体を綺麗な90度で折り曲げ、垂直にして率直に謝った。


「いえ、こちらこそ、前を見ていなかったから…」


 俺はゆっくりと顔を上げると、金髪の髪に綺麗な碧眼を輝かせる小柄な女の子が申しわけ無さそうな顔を浮かべていた。


「すいません、今急いでいるので…あらためて謝りに行きますので…」


 そう言って、一瞬、スカートの中が見えそうになりながらも、瞬時に手で押さえ、彼女は廊下を走り去った。


ーー見えそうだったな……いやいや、何を言っているんだ、僕!!


 僕は自分自身で頭を軽く殴って、煩悩を消し去る行為をする。


「よし、帰ろう……」


 冷静さを取り戻し、僕はいつも通っている本屋に向かった。僕のいつものルーティーンなのだが、本屋によく帰り道に通っている。


 高校生に進学する前から本がすごく好きで、ラノベから推理ものなどいろんな本を読み漁っている。


 一時期は本の趣味を活かして、友達を作ろうと思ったが、生憎と本を趣味にしている高校生には出会えず、身なりに似つかなく、僕はいろんなことをやっていたのでそれでなんとか会話を通して友達を作っていた。


「あ、新作がもう出てる、ラッキー」


 久しぶりに口角が上がった、新作の本、これほど嬉しいことなどない。


 本を趣味にしているものにとって、新作の本とは新しい世界を見せてくれる宝物であり、神秘を秘めた可能性なのだ。


「あ〜〜早く、家に帰って読みたいな〜〜〜」


 僕はルンルンにスキップをして、お店を出ると、外は大雨だった、そんなことをつい知らず、飛び出した僕は、ずぶ濡れになり、すぐに店内へ戻った。


「最悪だ…」


 今までのテンションを返してほしいと心から思った。


 学生服はびしょ濡れだが、本は無事だったので、よかった……。


「これじゃあ、晴れるまでは帰れないな」


 空を見上げると雨雲がずっと奥まで続いており、晴れる気配はない。


 僕はただ、雨の音を聞きながら、ボ〜と外を見つめる。こうやって、何も考えない時間があると、どうしてもいろんなことが思い返される。


 今日起きた出来事や、嫌だなと思ったこと、今日の鳥は綺麗だったなとか、あの小柄な女の子、可愛かったなとか、天音渚さんはやっぱり可愛いなとか、色々なことが思い出される。


ーー僕って、どうして友達ができなかったんだろう


 あの時、高校を休まなければ、もっと良い未来が待っていたのか、と希望的観測をしてしまう。


 無意味だと、時間の無駄だと知っていても、たまに横切る思考。するとこの本屋の店長さんが僕に話しかけた。


「お客さん、これ…」


 満遍な笑顔で渡されたのは傘だった。


「持っていきな」


「あ、ありがとうございます」


 店内で一人、外を眺めていた僕を憐れんだのか、傘をもらった。


 僕はもらった傘をさして、店内を出る。


ーーこれで早く帰れる、店長さん、ありがとう


 これに関しては店長さんに感謝をしなくてはいけない。


 傘をさして、いつも通りの帰り道を歩いていると、段ボール箱の中に1匹の捨て猫を路地裏から見つける。


 覗き込んでみると、1匹の白猫が雨に打たれ、寒がっている様子だった。


ーー何か、温めるものってなかったかな


 僕はバックの中身やポッケなどをあさり、「ないか、ないか」と探る。


「と、とりあえず……」


 傘を置いて、白猫にこれ以上を雨が当たらないようにした。


 僕はすぐ近くの屋根のある公園に駆け寄った。


「また、帰れなくなった」


 屋根のある円形の石造りに座り、雨が止むまで、じっと外を見つめる。


 特にすることもなく、仕方がないので、買ったばかりの新作の本を無意識に手に取り、見開き1ページ目を開く。


「いかんいかん…これは帰ってからのお楽しみと心に決めたはず!!」


 でもちょっとだけと思い、開くこうする手、読もうとする瞳、俺は止めることができず、1ページだけと読み出す。


ーーおお、これはこれは


 本を趣味にするものは一度読んでしまったら、止まらないのが常識。


 気づけば、半分も読んでしまっていた。


「あ…」


ーー流石に最後まで読んだら、遅くなるし、ここで止めよう


 と本を大切にゆっくりと閉じ、バックの中にしまった。


 いまだに雨が止む気配がなく、どうしたものかと悩む波人、傘がない以上、この屋根の外へ出るわけにもいかず、悩んでいた。


「仕方がない…走るか」


 僕は走って帰ることにした、家までまだかなり距離があるが、帰るのが遅すぎるとお母さんに怒られる。


 ここから僕の家に行くには、大きな交差点を右に曲がり、まっすぐ進み、そしてそこから大きな河川敷にある橋を通って、左に曲がり、突き当たりを右に曲がった後、そのまま真っ直ぐ行けば僕の家だ。


 その距離は約1.8キロ、まぁまぁ運動をあまりしない僕から見れば、かなりの距離だ。


 僕はバックを背負って、公園から飛び出し、大きな歩幅で駆け出した。


 できる限り、距離を取れるように歩幅を広げ、体力をなるべく使わないように、手の動きは最小限にした。


 外から見れば、かなり変な動きだが、早くかつ体力を使わないようにするには

最善だろうと僕は判断した。


 そして、雨に打たれ、視界がぼやける中、河川敷前あたりまで来た。


ーーまた雨が強くなってきた


 時間が経つごとに雨が大粒の雨になり、風も荒々しくなっていった。


ーーこんなの絶対に風邪ひく


 と思った。流石に寒気を感じたので、河川敷の橋の下へ避難することにした。


「流石に寒すぎ……」


 体が凍え、小刻みに体が震える。


「……だれ?」


 小さな声が聞こえた。弱々しく、少し声が震え、今でも壊れそうなそんな声が……。


 前を向くとそこには、体を小刻みに振るわせ、ほんの少し透けた制服が自然と視界にうつり、目の周りが真っ赤に腫れ、目元には涙が肌を通して、透けた制服に滴り落ちる。


 河川敷の橋の下で、なぜかが泣いていた。


 今にも泣き崩しそうな顔、触れてしまえば壊れそうな表情、少しエロさを漂わせていながらも、僕はそんな彼女を見て無意識に声をかけた。


「あ、え〜と……大丈夫?」


 そんな特別感もない、ただの善意の呼びかけが僕の高校生活を一変させた。









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