四・〝早贄 -はやにえ-〟

 行く手には土塀に切り取られた闇があった。

 狭くて急な坂の頂上に鎮座する闇は 温気うんきを含んで瑞々しく、上目づかいに見ているとぎらぎらして息が詰まりそうになってくる。

 坂の途中に踊り場のような平たい場所があって、かたわらの板塀の向こうにそびえる髙壮な木が枝を張り出している。

 重なり合う細い枝が互いに落とす影の中で、何かがざわざわと蠢いていた。


 ぎょ、ぎょ、ぎょ、ぎょ、


 熱で内側から溶け出したように、木のまとっていた闇が微かに身じろぎした。

 枝の落とす影が織りなす黒格子の向こうで、無数の小さな気配が徘徊している。

 百舌もずの大群が夜営しているのだ。

 ふやけた月光が高い雲の隙間から射し入って来た。

 石畳に甲虫の前肢の形をした影が落ちた。 頭上わずかな所に伸びた枝の先端に、何かが突き刺さっている。  

 一枚のトランプ。スペードのキングだ。


 ぎょ、ぎょ、ぎょ、ぎょ、


 あれはいつのころだっただろう。塀の中にある屋敷で家の当主が自殺とも他殺ともつかぬ妙な死に方をしたのは。もう随分前の話だが屋敷のあるじはその夜、阿蘭陀オランダ人の神父とポーカーをしていたと言う。儀式的な決闘だったとも聞く。

 そして老いた主人は、一度きりの勝負に敗れた。

 確か、今時分だったはずだ。

 不吉な声で百舌たちが終夜鳴き交わす、湿気しけった北風の吹く季節。


 ぎょ、ぎょ、ぎょ、ぎょ、


 あるじが作り損ねたのは、どんな手だったのだろう。

 皆の言うように本当に彼は、カードが一枚紛失しているのに気づかなかったのだろうか。

 月光がキングの顔をぺろり、と嘗めた。

 手を伸ばしカードを取ると、キングは一瞬横目使いに僕を見た。

 月に雲がかかった。戸を閉め切るようにカードの上から月光がすっ、と拭い去られ、闇の中に残った一組の目がにやり、と笑った。


 ぎょ


 百舌たちが鳴きやむ。

                                ― 了 ―


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