Ⅳ 弟の拳打

「──さあ! 波乱尽くめの今大会、想定外の結果に終わった一回戦に続き、早くも準決勝第二回戦です!」


 若干のインターバルを置き、今度は弟ポルフィリオの闘いが幕を開ける。


「またしても番狂わせが起きるのか? 二回戦のカードは前回優勝者、泣く子も黙る〝暴君〟ハブリゲスのアミーゴスと、対するは先程のカリストの双子の弟。ポルフィリオ・デ・オスクロぉぉーイっ!」


 一回戦同様、レフリーの声でアミーゴスとポルフィリオが特設リングの中央へと歩み出る。


 アミーゴス・ハブリゲスは、鉄人リュックスとはまた違ったタイプの屈強な男だった。


 筋骨隆々の2m近い大柄で、おとこらしい髭面に頭はスキンヘッド。船乗りのような恰好をした大男だ。


 本職は海運業を営んでおり、その強面こわもてで荒くれ者の人足達を束ねている。


 だが、子供の頃より大のケンカ好きな上にこの恵まれた体躯もあって、気づけば帝国一武闘会で優勝するまでの格闘家になっていたのである。


「リュックスもだらしがないのう。こりゃ、今回も俺の優勝で決まりだな」


「ケッ! 言ってろオッサン。その驕り高ぶりをすぐに後悔させてやるぜ」


 つまらなそうに上から目線で見下ろすアミーゴスに、その眼を真っ直ぐに見上げてポルフィリオも負けじと言い返す。


「それではいってみましょう! 準決勝第ニ試合、レディぃぃぃぃ〜GOぉおおおーっ!」


 レフリー自身も待ち遠しいとばかりに、こちらも早々に決戦のゴングが打ち鳴らされた。


「オラオラオラオラぁっ…!」


「フンっ…! とりゃあっ…!」


 前の一戦とは打って変わり、こちらは初っ端より激しい打ち合いとなった。


 正統な武術を学んだポルフィリオはもちろんのこと、さすがケンカで鳴らしただけのことはあり、堅牢な肉体を頼みにした先のリュックスとは大きく違って、アミーゴスも攻撃と防御をバランスよく取り入れたファイトスタイルである。


 互いに攻撃を防ぎつつ、己も激しくパンチを繰り出してゆく二人……だが、その肉体の差により、大質量のアミーゴスの拳を受け止めるポルフィリオの方がそのダメージは大きい。


「うぐ……チっ…!」


「ガハハハ…! 残念だが貴様の命も今日までだ。俺は対戦相手に容赦しねえ主義なんでな!」


 押され気味のポルフィリオに、アミーゴスは高笑いを響かせながら宣告する。


 アミーゴスはケンカや試合の際、あえて相手の命を奪うような危険な闘い方をする……そこで名付けられた仇名が〝暴君〟。まさに彼は格闘界の凶暴な王なのだ。


「ヘン! 誰が死ぬかよ。確かにてめえは強え…くっ……そこらのケンカじゃ負け知らずだろう……だがな…うぐっ……所詮はケンカ拳法よ……無駄な動きが多すぎるぜ」


 しかし、見るからに押されながらもポルフィリオは、まったく動じている気配を見せない。


「太古の昔より長い年月をかけ、先人達が洗練してきた古代イスカンドリア拳闘術の前じゃあな…ぐっ……ガキがただ暴れてるようなもんだぜ!」


 いや、それどころかポルフィリオは強烈なパンチを防御しつつも、相手に隙ができるその瞬間を猛禽が如き鋭い眼で狙っているのだ。


「フン! 苦し紛れの強がりか……安心しろ。今楽にしてやる……」


 そんな大口を叩くポルフィリオを哀れむように見下すアミーゴスであるが、その言葉は口からだけのものではなかった。


「…! そこだ! オラァっ!」


 一瞬、アミーゴスの猛攻の狭間に空いた隙をポルフィリオは見逃さない……巨大なアミーゴスの拳の下を潜り抜けると同時に、跳躍した彼はハゲ頭の左こめかみに思いっきりパンチを叩き込んだのである。


「グゴっ……あで? 昼間なのに……お星さま、キラキラ……」


 その一撃は確実に脳震盪のうしんとうをアミーゴスに与え、彼は目をくるくる回すと、リングの上へ大の字になって寝転がる。


「な、なんということでしょう! またしても番狂わせ! 〝鉄人〟リュックスに続いて〝暴君〟アミーゴスまでが敗れ、まさかのオスクロイ弟も決勝進出だあぁぁぁーっ!」


 堰を切ったかのように溢れ返る歓声と、眼帯のレフリーが叫ぶ驚嘆の声……こうして兄カリストに続き弟ポルフィリオも予想を裏切り、最有力候補を簡単に打ち破ると、二人して決勝へと歩を進めたのだった。


 だが、それは裏を返せば兄弟同士で、王者の座をかけて闘うことをも意味している……。

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