Ⅲ 兄の脚技

「──オラっ…!」


「とりゃあっ…!」


 その後、会場に設けられた四つのリングでは、聴衆の期待していた通りの激しい死闘が、それぞれ同時並行的に繰り広げられた……。


 試合はトーナメント方式で、クジ引きで決められた相手とまずは闘い打ち倒し、その後、その勝負の階段を繰り返し勝ち登ってゆくことが選手達には要求される。


 格闘に優れた軍人やプロの拳闘士、はたまた路地裏で経験を積んだ無頼のストリートファイター……いずれも帝国全土から集まった猛者揃いの過酷な闘いの中、初出場でまったく注目を集めていなかったオスクロイ兄弟は、意外や人々を驚かす善戦を繰り広げていた。


「オラオラオラオラぁっ…!」


 古代イスカンドリアの戦士を思わす、腰布にサンダル履きの半裸の姿になった弟ポルフィリオは、その拳と長い腕にぐるぐるとボロ布を巻きつけ、拳闘術の名に相応しい高速のパンチを相手の身体に連続で叩き込む。


「ハァッ! セヤアっ…!」


 一方、同じく半裸の恰好ながら兄カリストは、長い脚にやはりボロ布と縄を巻き上げ、その脚を鞭の様にして華麗な蹴り技で対戦者を地に沈めていた。


 古代イスカンドリア拳闘術は、名こそ〝拳闘術〟とはいえどなにも拳打だけを使うのではない。脚技もあれば投げ技や関節技もある、もともとは戦場での肉弾戦を想定した実践型の格闘術である。


 その生まれつきの体格から、中でも兄のカリストは脚技を、弟のポルフィリオは拳打を得意としているのだ。


「おい! あいつら見ねえ顔だけどヤベえぞ!」


「ああ! 軒並み有名選手が倒されてる! しかも全部瞬殺だ!」


 二人は、すぐに出場選手達のみならず、聴衆達の間でも話題となった。


「ヘン! 余裕だな兄貴。どいつもこいつも相手にならねえぜ」


「ああ。俺達の古代イスカンドリア拳闘術が世に通用するっていう証だ。こいつは思った以上にうまくいきそうだな」


 自分達の試合がない待機時間、人々の好奇の視線を一身に集めながら、オスクロイ兄弟は余裕綽々な表情で自慢げに語り合う。


 少々調子づいている感はあるものの、確かに二人の実力は本物だった……そのままオスクロイ兄弟は、ともに準決勝まで一気に駆け上がっていったのである。


 対して、彼らの他に準決勝へと駒を進めた残り二人は、下馬票通りに〝暴君〟アミーゴスと、そして〝鉄人〟リュックスだった。


「──さあさあお待ちかねぇ〜っ! 第13回帝国一武闘会もついに準決勝! 今大会一番のベストカード、前回優勝者・準優勝者と、まったくの予想外に駆け上がってきたまさかのダークホース、双子のオスクロイ兄弟の対戦です!」


 準々決勝後の一時休憩の後、特設の広いリングに換装された会場のど真ん中で、眼帯を付けたイケボ・・・なレフリーが声高らかに試合再開を宣言する。


「まずは前回準優勝者、〝鉄人〟の通り名で知られた生粋の軍人ノルマンディーノのリュックス対、古代イスカンドリア拳闘術の使い手、兄のカリスト・デ・オスクロぉぉーイっ!」


 レフリーの紹介を合図に、カリストと対戦相手のリュックスは特設リングの中央へと歩み出る。


「古代イスカンドリア拳闘術か……ウワサには聞いたことがある。さすがは大帝国の軍事を支えた遺産といったところか」


 リュックス・ノルマンディーノ──鎧下に着るキルトの衣服を身につけた背の高い屈強な男が、口髭を生やした厳格な表情を崩さぬままカリストに語りかける。


「フン。その偉大なる遺産の力をたっぷりその身で味合わせてやるぜ」


 カリストも負けじとリュックスを睨みつけると、ジャブ代わりに鼻を鳴らしながら悪態を吐いてみせた。


「それではさっそくいってみましょう! 準決勝第一試合、レディぃぃぃぃ〜GOぉおおおーっ!」


 早く始めろとばかりの歓声渦巻く中、レフリーの奇声でカリストの闘いが開始される。


「一撃で終わらせてやるぜ……セヤっ…!」


 先手必勝。開始早々にカリストは間合を詰めると、素早く右上段蹴りをリュックスの頭へと叩き込む。


「フン。口ほどにもねえ……なに!?」


 その一撃で、確実にリュックスを沈めたものと思うカリストだったが、刹那の後、彼は驚きに目を見開くこととなる。


「なんだ。蚊に刺されたほどでもないな」


 リュックスは直立不動で腕を組んだまま、まるで効いてはいないのだ。


「チッ…ならもう一発だぁっ!」


「ダメだ。効かんな……フン!」


 そこでカリストはもう一発、今度は反対側から左脚で上段蹴りを打ち込んでみるが、やはりリュックスはビクともせず、逆にその脚を掴むや軽々と持ち上げ、彼をリングの床へと思いっきり叩きつけた。


「うぐあっ…!」


 したたかに背中を打ったカリストは、内臓を襲う激しい衝撃に吐き気を催す。


「無駄だ、諦めろ。貴様の蹴りではこの鋼の体に傷一つつけることはできぬ。いわば我は堅牢な城壁。貴様には絶対に越えられぬ難攻不落の長城だ」


 〝鉄人〟──その通り名は、まさにこの頑強な打たれ強さから名付けられたものである。鍛えあげられたリュックスの肉体と精神は、いかなる攻撃をも受け付けないのだ。


「……ゲホっ……ハン! 誰が諦めるかよ。俺達の故郷スパルテネックスじゃあな、小せえ頃より厳しい鍛錬を積ませて育てるのが古くからの伝統だ。特に古代イスカンドリア拳闘術を伝える俺ん家じゃあ、そりゃあ厳しく育てられたってもんよ」


 だが、子鹿のように震える脚でなんとか起き上がったカリストは、むしろ闘志の炎をその瞳に灯し、眼前に仁王立ちするリュックスに対しても気負けおうことなく言い返す。


「そんな故郷で、俺達は何度となく辛え試練を乗り越えてきた。なにが難攻不落の長城だ。どんな高い壁でも乗り越えて…いや、ぶち壊してやるぜ! セヤアっ…!」


 そして、立ち上がるが早いか再び果敢にも、リュックスに対して勢いよく飛びかかってゆく。


「フン。無駄だと申しただろう。何度やっても同じこと。逆に貴様の脚が壊れるぞ?」


 三度目のその上段蹴りも、リュックスは腕をあげて軽々と受け止めてしまう。


「ケッ! ナメてもらっちゃあ困るな。俺はずっと巨岩を相手にこの蹴りを鍛えてきた! 俺の脚はてめえ如きで折れるほど柔じゃねえぜ! セイヤぁっ…!」


 だが、今度のカリストはそれだけで止まらない。防がれても止まることなく、すかさず次の一撃を連続で叩き込んでゆく……しかも上段蹴りばかりか中段、下段、回し蹴り…と、様々な蹴り技を間断なく繰り出してゆくのだ。


「それにぜんぜん無駄じゃねえ……たとえ僅かでも、この一撃々〃が確実にダメージをてめえの身体に蓄積してゆく……」


「なにをバカな……ぐっ……うぐっ……」


 カリストのその言葉通り、最初は余裕綽々だった鉄人リュックスも、そのイカつい顔に焦りの表情が見え始める……強烈なカリストの蹴りは、やはりしっかりと効いているのだ。


「そして、その溜まりに溜まったダメージは、やがて限界を迎えて堅牢な岩をも粉砕するのさ……セヤアぁぁぁーっ…!」


「うごっ…! うぅぅぅぅ……」


 何十発目の蹴りを打ち込んだ後のことか? 一際気合いを入れた上段蹴りがリュックスの横っ面を捉えた瞬間、彼はついに目を回し、まるで大木が倒れるかの如く、バタンとリングの床へ倒れ込んだ。


「なんということでしょう! 大番狂わせです! あの〝鉄人〟を無名の武闘兄弟、オスクロイ兄のカリストが破りましたあーっ!」


 割れんばかりの歓声に会場の円形闘技場コロッセオも鳴動する中、中立であるべき眼帯のレフリーも思わず驚きの声をあげてしまう。


「フゥ……さあ、こっちはすんだぜ? 次はおまえが実力を見せてやる番だ、ポルフィリオ……」


 いまだ興奮醒めやらぬ摺鉢・・の中心、大きく息を吐きながらもカリストはまだまだ余裕を見せつつ、リングの脇に控える弟に向かって、そんな激励のメッセージを送った──。

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