【1人目 余命宣告された男】

少し身なりのだらしない男は懺悔室に入ると、直ぐに語り始めました。


「私は、人を殺しました。


先日、会社の健康診断に行ったんです。会社の若い奴と一緒だったんですが

2人で仕事の愚痴を話しながら結果を待っていると、若い奴は帰っていいと言われたんですが

俺だけが診察室に呼ばれました。

嫌な予感がしながら部屋に入ると、レントゲン写真が貼られてて、医者は神妙な顔をしていました。


そして「ご家族は呼べますか?」と聞いてくるんです。


私は独り身で両親もだいぶ前に死んでいて、家族と呼べる人間なんて居ません。

「家族はいません」と答えると、看護師の若い女は、憐れむような目で見てきました。



そして、余命宣告をされました。



3ヶ月の命だそうです。

恐怖よりも、虚しい気持ちになってしまって、胸んところにもやもやしたものがつっかえる気持ちでした。

幸い会社の勧めで入っていた保険にがんになった時に下りる保証があったんで

仕事は辞めて、残りの時間はゆっくり過ごそうと思ったんです。


最後の仕事の日、下の若い奴らは皆泣いて送り出してくれたけど

もやもやしたものは無くならなくて

家に帰った来て布団に入っても

まだ、もやもやはなくなりませんでした。


硬い布団で横になっていると、ふと思ったんです。

俺はこの硬い布団で、背中が痛いなと思いながら死んでいくのかなと


病気になる程必死で働いたのに、社長はこれからも俺の稼いだ金で悠々と生きていくんだなと思うと

そのもやもやが段々怒りの形になっていくのに気付きました。


「あぁこの気持ちは怒りなのだ」と気付いた時、心に住み着いていた靄がどこかに吸い込まれるように消えていくのを感じました。


次の瞬間、私は殺人を決心していたのです。


社長には何度も家に呼ばれて飲み会をしたことがあったので、家の場所も間取りの完璧に覚えていました。

ただ唯一心配なのは、奥さんが同じ部屋で寝てたら奥さんも殺さなきゃいけなくなるので、それは困るなぁと思いました。


窓から家に忍び込み、寝室のドアをソーッと開けると寝ていたのは社長だけで、ホッとしました。


でも他の部屋に居ても、気付かれたら殺さなきゃいけないから、出来るだけ素早く実行しました。

殺人はいけない事だから、何人も殺すのは良くないんです。


私は持って行った包丁で、何度も何度も社長を刺しました。

社長は寝ていたから最初は抵抗しなかったけど

痛みで目を覚ますと暴れました。

私は馬乗りになって社長にのしかかり、血でヌルヌルして滑る包丁を一生懸命握りながら

何度も何度も一生懸命刺しました。


気が付くと社長はグッタリと動かなくなって居ました。

私は窓からうっすら朝日が入り込んでるのに気付いて、急いで家から出ました。


どうやら私は一晩中社長を刺していたようです。


神父様。確かに人を殺すのは良くないです。

でも私は癌にさえならなければ、人を殺すこともなかった。

それだけは、お分かり下さい」

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