20031218―黒幕の名は―
黒幕の意志は、『語りのユリウ』によって受け継がれて行く。別に、彼女は生まれながらにして黒幕だったわけではない。偶然、前任者が死んだ時に選ばれたに過ぎない。だが、それが一体何歳の頃の出来事なのか、詳しくを彼女は知らない。黒幕になった瞬間から、彼女は自分の人生全てをシステムのために捧げることを運命付けられ、特権的にシステムの超越者として動けるのを良いことに、暇さえあれば世界の現状を認識するために各地に出向いて視察を行ったりした。その運命に抗おうとしなかったことは彼女の責任であるし、ある種の覚悟の上、黒幕の意志に賛同して動いていた感も否めない。
結局は、ユドリフマーカスに踊らされていたピエロのような存在であったのだと判明しても、それを誰のせいにすることも出来ない。彼女自身が、道化の役を望んで引き受けたのだから。
システムの全てを認識したつもりになって、世界の全てを掌握したつもりにもなって、奢り高ぶっていた自分は確かに憐れだが、だからと言ってそれを恥じる気は毛頭ない。絶望も虚無も裏切りの痛手も、その全てを味わってきた黒幕にとって、それは最後の意地であり、黒幕としての義務でもあった。
誰が何と言おうと、自分は黒幕として足掻かなければならない。ユリウを復活させて、世界の運命を再び掌中に収めさせる。そのために、意志を繋げる。無念の思いを残して死ねば、その思いがユリウをこの世に顕在化させ続ける。満足の行く死さえ迎えなければ、黒幕は不死身だ。そのはずだ。
そのためには、自分を倒そうとする者が現れるというシチュエーションは、実はうってつけなのだ。まだ死にたくない、生きていたいという思いを抱えて殺されれば、間違いなく黒幕の意志は受け継がれる。正確に誰かはわからないが、おそらくは自分のように大幅に道を違えた覚悟を胸に生きている誰かに。
認めたくは無いが、認めざるを得ないだろう。悪は、人間が行き続ける限り、滅びないのだ。黒幕。世界を裏から操る者。少し目を離すだけで恐らく容易に道を踏み外すだろう世界を、混沌から守り切るためならば、悪という汚名を着ることも辞さない。
それで、滅びずにいられるのならば。
正義はきっと勝つのだろう。今回も、そしてまた、次の機会があればその時も。
何度も何度も破れながら、しかしそれでも悪は何度でも復活を果たすのだ。
――
それが、悪の王道。
――
最後まで、戦う。絶望も虚無も裏切りの痛手も敗北も死も、逆転の前のスパイスに過ぎない。死にたくない。助かりたい。だが、それは許されない。
責任を全うしなければならない。
黒幕としての。
そろそろ演技も疲れてきたところだ。どうやら自分は心の底まで黒幕に侵蝕されていたらしい。目の前の人間達に、自分の正体を暴露したくて仕方なくなっていた。
この世界に来てそこそこ経つ。思わせぶりな態度をとり続けるのももううんざりだ。あの鋭いマイゼルグラフト警備主任ならばすぐに自分の正体に気付いてもおかしくないと思ったが、世界はそんなに面白く回っていなかったようだ。システムの力の前には、ラルフリーデス見張り担当の力もどうということは無かった。侵入不可能と言われたパターンUの絶対空間にもあっさり入ることが出来た。興醒めだった。全世界屈指の実力者も、システムを破るには程遠い力しか持っていなかったからだ。少し安心していたというのも、本音だが。この世界特有の種族、不死種族は興味深かった。生き物としては反則な気もしたが、ユリウに口出しするほどのことでもなかったので放っておいた。あのユドリフマーカスを輩出した世界ということもあり、確かに一癖も二癖もあって、面白くはあった。
そういえば、テリアは相変わらずだった。
相変わらず、
…………
まあ、それも全てここで終わりだろう。
システムは、全て破壊されたらしい。信じがたいことだが、世界の裏側に渡った人間がいたようだ。そんな能力者を見逃していたとは、迂闊だった。
だが仕方のないことだ。自分は黒幕なのだから。
何らかの形で打ち破られる、そういう存在なのだから。
「俺が成すあらゆる全ての物事が裏目に出て、世界の全てが俺に対して仇なすと言うのならば、俺は一体、一体、何を成せばいいのだ?」
黒幕の意志が、勝手に口を突いて出てくる。
その無念さは、自分のことながら痛いほどわかる。システム管理者を粛清したら、あまりに負荷をかけ過ぎて逆効果となった。本来味方である筈の手駒を失った。何をやっても、上手くいかない。むしろ本当に、自分が手を出さない方が世界は幸せなのではないかと疑いたくなるような、どうしようもない結果しか残っていない。
だが、後ろを向いてはいけない。覚悟は決まっている。
進むしかないのだ。
それが、黒幕。
それが、自分。
世界を回すシステムをも回す、至高の存在。
それでいて何一つ自分の思い通りに行かない、所詮はただの奴隷の意思。
ああ、そうさ。だからそんな目で私を見るな、テリア。
お前が私を憐れむのは、やめろ。やめてくれ。
俺を憐れむのは、私だけで十分だ。
永遠のように感じられた間があって、それから幕が開いた。
そこだけは期待通り、彼女は前と変わらぬ口調で自分の名前を呼んでくれた。
――
「やっぱり、あなただったのね、ルイ――」
――
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