20031215―殲滅のネイファ―
それは、本当に気紛れに発生する。生前、ネイファがどんな人間であったのか、それを知る者は既にこの世には残っていないが、気性の荒い女性だったことは間違いないだろう。
自らの名を冠したシステムを作り上げ、管理者となった後も執拗に一つの世界だけを狙い続けた背景に、一体何があったのか、把握する者はいない。実際、ユリウや黒幕ですらそれを知らない。
ただ、『殲滅のネイファ』というシステムが存在し、魔王で有名なとある一つの世界においてのみ破壊の魔手を揮っていたことだけが事実であり、仮面を付けた彼女が直接出向いて暴れ狂う様は、まさにシステムの名に相応しかった。
それは、本当に気紛れに発生する。
――
仮面をつけたネイファという謎の女が、一つの街や村、ひどい時には国単位に対して鬼神の如き猛攻をしかける。一定時間後に攻撃された領域内に残っており、なおかつ生きていた人間は、元々この世界にいなかったことになる。
――
このシステムが発動してしまった地域において、後に残るのは一種類の人間しかいない。
つまりは、死者。死んでいる人間。
紛れもなく訪れる、全滅。
気紛れに訪れる、殲滅。
ネイファの気分次第で揺れ動く、人々の運命。
そんなある日。
「ねえ、ユリウ」
ネイファが、ユリウの元を訪ねてきた。これ自体は別段珍しいことでもなかった。わずか一つの世界でのみ流通するシステムである『殲滅のネイファ』が、システムの管理者の間でそこそこ有名なのは、つまるところこのように、ネイファ本人が他の管理者の元にやって来ることが多いからなのだった。基本的にシステムの管理しか仕事のない世界の裏側での生活は、大忙しのユリウを除いては比較的ゆとりのあるものだったので、ネイファはそんな中、暇を潰すための雑談の相手として皆に認識されていた。
「やあ、また来たのかい。何度も言うが、僕はいつ如何なる時でも仕事から手を離すことは出来ないんだ。君のお相手は仕事の片手間に行うことになるが、構わないかい?」
「ええ。勿論。適当に相槌を打ってくれればそれでいいわ」
いつもと変わらないやりとりの後、煙草に火をつけながら、突然ネイファは、
「私、システム管理者辞めたいんだけど」
という、とんでもない発言をした。紫煙を吐き出しながら、続ける。
「あんたの力で、どうにかならない?」
「たぶん無理」
ユリウは即答した。愛用の筆を操りながら、世界の辻褄を合わせていく。
「どうして。あんたなら出来るんじゃない?」
「だから、無理。システム管理者がその任を解かれるのは、死んだ時とか、特定の場合だけなんだ。これは僕の力でもどうしようもない。システムとシステム管理者は一心同体みたいなものなんでね。切り離せない。システムを消したら管理者も消えるはずだ」
「意外と無能なのね」
「褒め言葉と受け取っておくよ」
ユリウには、本当に休まる暇がない。人間でないため睡眠を必要としないこともあり、常にこの場所で仕事をしている。
「でも、どうして急にそんなことを言い出したんだい? ついこの前まで楽しそうにしてたじゃないか」
ネイファは、偶発的発生タイプのシステムでなく、完全に任意で起こせるタイプの管理者なので、間違いなく、世界の裏側にいる者の中で一番自由ある生活を送っている。
吸っている煙草も、殲滅に出向いた際に向こうの世界からくすねてきた物だ。原則的に世界の行き来を禁じられているシステム管理者が、本来獲得できる代物ではない。
肺から広がっていく痺れるような陶酔感を味わって、ネイファは首を振った。
「飽きたのよ。基本的にやること毎回一緒だし。ストレス発散のためだったはずなのに、何かこう、すっきりしなくなってきたっていうか。まるで自分が悪いことをしてるみたいな、罪悪感に襲われるの。泣き喚かれたり、逃げ惑われたり、悪魔呼ばわりされたり、なんか嫌になってきた」
「そりゃ、そういうシステムだからね。わかっててそんなシステムを現実化させたんじゃなかったのかい?」
「わかってたつもりだったんだけどね」
物悲しい瞳で俯くネイファなど、滅多に見られるものではないはずだが、あいにくとユリウはシナリオを書くのに手一杯で、視線をそちらに向けていなかった。
「神になるような器じゃなかったんだろうね、私は」
「神、か」
ユリウが手を止めてネイファを見た時には、既に彼女はいつものように、皮肉げな笑みを口元に浮かべながら、腕を組んで煙草を吸っていた。煙を追うように、視線は虚空へと向けられている。
「この世には神なんていないよ、ネイファ。システムがあって、世界が回る。それだけだ」
「そして、私達はシステムの内側にいる、か。味気ないね」
「問題はやりがいのある仕事かどうか、さ」
ユリウはそう告げて、少しだけ声を顰めた。
「要は、君はもうあの世界で殲滅のネイファのシステム発動をしたくない、というより、虐殺をしたくない、ということなんだろう?」
ネイファも、さっと周囲を見渡した後、同様に声量を抑える。
「ええ。まあ、そう言い換えてもいいけど、おんなじことでしょ? 私はもっと別の生活がしたいの」
「だったら、簡単な話だ。君は自分のシステムをもう一度見直した方がいい。君のシステムの発動時間は完全に君の任意で行われていて、君の攻撃行動とは何の関連もない。システム発動までの時間をとてつもない長時間に設定して、鬼神の如き猛攻を極めて短時間だけ仕掛けるというのもありなんだ」
「……それで?」
「鈍い奴だな。攻撃を止めてから、システムが発動するまでの余った時間を、向こうの世界で好きなように過ごせばいいじゃないか。君は今まで、設定した時間いっぱいまで殲滅行動に勤しんでいたけど、そんなのやらずに、遊んでいればいいんだよ」
ネイファがぽかんとした顔で煙草を取り落とした。
「え、だって、そんなことしてもいいわけ?」
「システムは発動しているから、管理者としての仕事を怠っているわけではないし、何の問題もないだろう? 現に、君はそんな風に煙草を勝手に取ってきたりしているけど、誰かにそれを咎められたかい? 僕がほんの少し辻褄合わせをしただけでどうにかなっている。そんなものさ」
「あ、そうなんだ……。もっとお堅い仕事なのかと思ってた」
地面に落ちた吸殻を足で踏み消して、ネイファは耳にかかる髪をかき上げた。
「お堅い仕事だよ。だからこそ融通は利かないし、ルールに従っている限り問題視されることはない。この僕が言うんだから、間違いないよ。安心して行ってきな。ただし、くれぐれも他のシステムに巻き込まれないように。向こうの世界にいる間は、システム管理者であってもシステムの効果が及んでしまうからね。辻褄合わせの段階で、僕に余計な負担が回ってくることになる。それだけは注意してくれよ」
「ええ、気をつける。戻ってくる時は、何かお土産を買ってくるわね」
「……いらないよ」
素気無く応えたユリウの背後で、ネイファの気配が消える。早速向こうの世界に行ってしまったようだ。
ユリウは再びシナリオ作成に集中し、静寂の中に筆の走る音だけが響いて行く。
一方、ネイファは言われたとおり、システムの発動までの時間を極めて長くとって、それから仮面を付け、一つの街に巨大な火球を投げ込んで大惨事を招き、『殲滅のネイファ』をスタートさせた。そしてそれだけで満足し、衆人監視を逃れて仮面を外し、あたかもその世界の住人であるかのように別の街で暮らし始めた。
それは、勇者キヨカによる魔王討伐成功の話が世間に広まる、三日前の話だった。この時燃えた街は、魔王の手による最後の被害地域と見なされて、跡地には、平和を祝い犠牲者を追悼するための記念公園のようなものが建てられることになる。
皮肉にもその場所こそが、本当に魔王の最後の戦場となる。
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