20020304―勇者の復活―
あれから何年経ったのだろうか。
キヨカは、全くもって歳をとらないので、あまりそういうことがよくわからなかった。
ただ、世界を見て回るにつけ、大体の町や村で魔王の手下による破壊の爪痕は消えてきていた。短い期間で復興したにせよ、長い年月の間に徐々に回復して来たにせよ、それは良いことなのだろうと、キヨカは素直に思った。
気がつけば、勇者を演じることにも慣れていた。
本物の勇者だった少年の剣を、故郷に送り届けることも出来た。
世界の各地で歓迎され、狙い通り楽に生きてこられた。
悔いはなかった。
はっきり言って、これ以上やることが見つからなかった。
生きていても楽しくなかった。
さらには、歳をとらないことがばれると、本当の意味での人間でないこともばれてしまう。そろそろ勇者として世界を回るのも潮時なのかもしれない。
こうなると、キヨカはごくごくあっさりと、死ぬことを決意した。
そして、それを実行しようとした刹那と言ってもいい。もはや彼女が何の躊躇いもなくこの世の人間でなくなろうとしていた瞬間に、彼女の目の前でこの世の人間になった者がいた。
だから、キヨカは自殺をすぐに止めた。
彼女の目の前に、あの時殺したはずの勇者が、あの時自分と対峙していた時の格好のまま、現れたのだった。
彼は、一瞬何が何だかわからないというような表情を見せたが、キヨカの顔を見ると、一瞬で殺気をみなぎらせ、光のオーラを見に纏い、油断なくこちらに対して構えを取った。その手には、彼女が故郷に返還したはずの導きの聖剣が握られている。
キヨカは、その時まだ、呆気にとられた顔をしていた。
「魔王め! ようやく辿り着いたぞ! 貴様に苦しめられている民の恨みをこの剣に乗せて、貴様を断罪する」
勇者は勝手にそんなことを宣言すると、キヨカに向かって剣を振り下ろした。
「ちょっと待て」
キヨカは、それを二本の指で受け止める。
「一つ言っておくが、オレはもう魔王じゃない。魔王はもういないんだ。いまや民は、平和な日常を安寧の中で謳歌している」
「嘘をつくな! 仮にそれが事実であろうとも、貴様の罪が帳消しになるわけではない! 貴様を許す理由になどならない」
さすがに勇者の言うことはいちいち正論だった。
キヨカは、それに負けぬよう、論点を最もおかしなポイントに持ってきた。
「確かにオレの罪が消えたなどと言う気はない。その上、オレは楽して生きるために勇者という立場を利用した罪人でもある。だが、この状況は解せない。オレが裁かれる理由より何より、お前はあの時オレに殺されたはずだ。どうしてこんな所にいる? そして何故突然現れた?」
勇者は、それを聞いた後も二、三度剣を打ち込んできたが、いずれもキヨカに簡単にあしらわれると、距離をおいた。そして、真面目な顔で考え込んだ後、しばらくしてから会話に応じてきた。
「そうだ。今の今まで忘れていたが、確かに、俺はあの時確実に致命傷を負っていた。しかし……どうしてか、俺はあの後、ふと気付くと迷宮にいたんだ」
「迷宮?」
「そこで出会った女は、ゼイルガイルリオン第三番迷宮と言っていたな」
キヨカは、しばらく考えていたが、
「そんな迷宮、オレの知る限りこの世界には存在しないぞ」
と怒ったように言った。
「わかっている。最初は、俺も、貴様の仕掛けた精神攻撃かと思ったくらいだ。だが、そこは確かに迷宮としてそこに存在しており、脱出した後、見たこともないような、しかしそれでいてごく自然な町並みに遭遇した。そこには数多くの人間も活動していた。会話も出来た。幻覚などではあり得ない」
そこで、キヨカの頭に、ある一つの言葉が思い浮かんだ。
「異世界……か?」
「異世界だと? 何だそれは」
「こことは違う世界のことだ。存在はしていても、オレたちには行き来することが不可能だと言われている」
キヨカは、そしてふと思い出した。過去、魔王として世界を支配していた折に、時々行われた彼女自身にも説明のつかない圧倒的な大破壊を。
「異世界は存在していたのだ。同時に、それらを越えて働く圧倒的な力を持つ何らかの存在も。まさに神に代わる存在……というわけか」
「何をぶつぶつ言っている」
「おい、お前はそしてどうやってこの世界に戻ってきたんだ?」
「わからん。それは覚えていない」
わからないポイントは二点あった。死んだはずの勇者が、異世界において復活したその理由。そして、異世界からこちらの世界へ舞い戻ってこられたその方法。
「それさえわかれば……」
キヨカの知らぬところから世界を動かしているかもしれない何者かに対して近付く手段がわかるかもしれない。
すっかり忘れていた。
魔王時代にキヨカは、その謎の圧倒的な力に対して憤りを感じており、どうにかしてやりたいと思っていたのだった。
やるべきことが見つかった。
「おい、勇者」
「魔王である貴様にそう呼ばれるのはおかしくないか」
「もう魔王ではないと言っただろう」
キヨカは苦笑してから、
「オレと、旅をしないか」
と切り出した。
「ふざけるのも大概にしろ。貴様に付き合ってやる義理などない。貴様を殺すのが俺の役目だ」
「それでもいい」
あっさりと、キヨカは言った。
「その旅が終わったら、オレを裁いてくれていい。ただこの世界には、どうやら魔王などと桁の違う何かが、悪意を持って存在している。それを野放しにしておくのは、オレの気に食わない。いずれお前の敵になるかもしれん。だから、それを退治するのに手を貸してやる、と言っているんだ。お前より明らかに強い、このオレがな」
キヨカは、相手を脅すかのように、『闇のオーラ』を纏った。それは、勇者の『光のオーラ』を遥かに圧倒していた。
「くっ……」
「それに」
ぱたりと、オーラが止んだ。
「フランシスカという女が、お前の帰還を聞いたら喜ぶはずだ。こんなところで二度目の死を迎えるなどという愚を冒すな」
「…………」
「今回の旅には、彼女も連れて行くことにしよう」
キヨカのその言葉に、勇者はしばらく黙っていたが、やがて剣を下ろし、光のオーラも消した。俯いたまま、だが、芯のある強い口調で言う。
「わかった。だが、俺は貴様を許したわけではない。それだけは覚えておけ」
「ああ、勿論だ」
キヨカと勇者は、とりあえず彼の故郷の村に向かって歩き出す。
「おい勇者」
「何だ」
「お前、名前は?」
「……キュール」
「いい名だな。オレはキヨカ」
「……魔王に名前があるのか」
「当然だろう」
「……いい名だな」
キヨカはキュールに、この世界の現状を話して聞かせた。そして、キュールから出来るだけ詳しく、異世界の様子を聞きだす。
そしてふと。
このような反逆の姿勢を見せているのだから、もしかしたら世界を把握するその何者かは、即座に自分達に対して力を行使してくるかもしれないという、恐ろしい可能性に行き着いた。
だがそれでも、やれることだけはやらなければならない。
キヨカは、それだけを思った。
運命は、彼らを静観する。
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