20020303―掻き消された一瞬の邂逅―

 どうしようもないことは、あくまでもどうしようもない。

 たとえそれが世界を根底から揺るがすほどの極めて大きな事件であろうとも、たとえそれが幼稚園児ですら歯牙にもかけぬほどの些末な出来事であろうとも、その事実だけは揺るがし難く、ただ目の前にある。

 だからどうしたというのか。

 どうしようもなかろうがなんであろうが、あきらめることが何かに繋がることはなかったわけで、立ち向かい続けることは、確かに如何なる場合においても有効な手段であるとは言えた。

「無駄だと思うけどね」

 それだけを告げた男は、どこか不思議な色をしたローブを纏っていた。

 それに対し、ゴズドラムは笑った。別段何の理由もなかったが。

「無駄かもしれないことすら出来ないのでは、あまりにも悲しいのではないか。斯くの如き状況において、最後のあがきを見せてこそ、ヒューマンと言えるのではないか」

 彼は、ただ其の場に立っており、特に何をしたわけでもなかった。しかしそれは、この世界においてそう見えるだけであり、彼らの口振りから察するに、彼が何らかの抵抗を試みており、それが全く通用していないという事情は疑うべくもなかった。

 ローブの男は、ゴズドラムの前に悠々と歩いて行き、腕を組んでくつくつと、やけに楽しそうな笑い声を上げた。

「こんな風に、直接僕の所に来た人間は、君が二人目だ。だが、君は前の彼よりよっぽど面白い。次の世界では、それなりのシナリオを用意してあげるよ」

 ゴズドラムは、男の顔を睨みつけた。

「それはつまり、俺は今までいた世界から消えてしまうということか」

 ローブの男は首肯する。

「その通り。察しがいいね。怖いくらいに。君は世界を渡るんだ。だから、これまでいたあの世界には元々いなかったことになる」

「だからどうしたというのか」

 ゴズドラムは再び笑った。今度は、いかにも何か思うところがあるかのようであった。

「それでも俺は俺であり続けるのではないのか。記憶を消されようが人格を変えられようが過去を捻じ曲げられようが、それでも俺は俺なのではないのか。つまるところ何も困ることはないのではないか。それならば、何もかも、何もしないことから何かをどうにかして成そうと思うことまで、全てが、無駄ではないということではないのか。何故なら元より既に俺が無駄ではないのだから」

 ローブの男は、呆気に取られたような顔つきになり、その後何かを納得したようだった。

「君は、きっと何かをやってくれるだろうね。僕のシナリオも、結局最終的に綴っていくのは君自身だし。何らかのハプニングを期待しても罰は当たるまい」

 彼は、一瞬何かをしていたようだった。しかし、その何かがわからぬうちに、ゴズドラムは目を閉じさせられていた。声だけが聞こえてきた。

「君とは、またいつか会いたいね。その時は、もっとゆっくり、今と違う立場で話したいものだね」

 全ての感覚が遮断され、ゴズドラムの意識は闇ではない何かに一瞬で呑み込まれた。

 水面下での邂逅の瞬間はこうして泡となり消えていった。

 しかし同時に、果てなく続く。

 連鎖する。

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