20020228―悲劇という名の創作―

 十六歳の時、両親を殺された。

 町に買い物に出ていた二人は、雑貨屋の中で起こった謎の爆発に巻き込まれたのだそうだ。どう考えても事故や自然現象では説明がつかず、何者かの引き起こした卑劣な犯罪であると確定した。

 しかし、わかったのはここまでだった。

 犯人が捕まらぬまま、国の警衛兵はその捜査の打ち切りを決めてしまった。

 だから、桂は決意した。

 両親を殺したその仇を、自らの手で討つことを。

 剣の修行を始め、名高い悪党の巣窟に手当たり次第に斬り込んでいった。

 それで無事でいられるほど彼は剣の道で天性の才能を持っていたわけだが、あいにく、親の仇は見つけられなかった。

 そんな生活が二年ほど続いたある日、彼は一人の女を助けた。

 その女は、大規模人身売買組織に彼が乗り込んだ時に偶然取引されていた人間で、話を聞いてみると記憶喪失であるらしかった。シャーリーという名前以外、何もわからないという。

 一通り町を見せてやった後も何も思い出さなかったので、友人の家に預けることにした。

 それから、その友人の家を訪ねるたびに、シャーリーは徐々に過去の記憶を取り戻しているらしかった。そして、それとは別に、桂は彼女から愛の告白をされ、何故か交際をする羽目になった。

 二人きりで話す時、桂は両親を殺されて以来口数が少なくなっていたので、大体シャーリーが喋っていた。桂は、黙ってそれを聞いており、時々あいづちをうつのだった。

 それでも、シャーリーは幸せだったし、桂にしてみても満更ではないような様子だった。

 時が経つと、二人にも変化が訪れる。

 桂は、シャーリーに引きずられるようにして徐々に饒舌になっていき、シャーリーの記憶もだんだん補完されていく。

 そして、劇的な瞬間がやってくる。

 それは非常に不思議なことだった。

 彼女のその記憶が戻ってきたのは、これまで何度も足を運んでいたその雑貨屋においてではなく、皮肉なことに桂の家においてであった。

 簡単なことであった。

 これまで思い出してきていた日常の姿に反して、決して思い出されることのなかった、彼女の職業。

 彼女は、幼い頃から訓練を受けた、暗殺技能者だった。

 それに由来する、殺戮に快感を覚える残虐非道な嗜好、性癖を持っていた。

 そしてあの日。

 桂の両親の殺害を依頼されていた彼女は、相手の口の中に爆発物を詰め込んで吹き飛ばすという最も残酷な方法で、それを実行したのだ。

 その光景を思い出した時の彼女の行動は迅速だった。

 泣きながら、ひどく狼狽し、桂に謝り、詫び、謝罪して、泣き崩れ、もう手が付けられないほど錯乱し、頭を下げ、泣き叫び、一度だけ祈り、突然それを一瞬でぴたりと止め、しばらく恐ろしいほどの静寂を演出した後、桂が何をする余裕もないまま、自分の手を心臓に当てて何らかの力を加え、心臓を止めた。

 そのまま、二度と動くことはなかった。

 桂は、それを呆然と見下ろしていた。

――

 これが、全ての世界が時を刻む瞬間の、その隙間を縫うような短時間でユリウが考え付いた、完璧なシナリオだった。

 そして、それをなぞり直すように世界も書き換えられて行く。

「彼は、非常に可哀相な人間だ。まさか、自身の友人の作り出した偽物のシステムに巻き込まれて世界から弾かれることになるとは予想も出来なかっただろう。そんな彼に敬意を表して、さらに悲惨な設定を用意させてもらった。どうだろう。この悪趣味な世界において、僕に出来る最大級の賞賛なのだけれど」

「そうは思えないな」

「何故かな」

「お前は、賞賛をシナリオにあらわすほどまともな者ではありえない。どうせ、どうしようもない程絡み合って俺たちにも把握できなくなりそうな状況を見て自己満足したいだけだろう。辻褄を合わせていられるのも今のうちだけだ。状況が複雑になればなるほど後戻りできなくなり、綻びは大きくなって行く」

「おかしなことを言う。元はといえば、君はそれを目指していたのではなかったか?それを指摘されるとは憤慨だな。こちら側に来て、目的も変わってしまったということかな?」

「……俺はお前とは違う。それが言いたいだけだ」

「やれやれ。素直になったらどうだ? 君の態度一つで、君にもシナリオに口出しする権利をあげるかもしれないよ。そうなれば、君の野望はシステムを内部から裏切るという形で実施され、数多くの人間は救われるというのに」

「そんなことを言って、お前の方が消滅されないように気をつけることだ」

 ユリウは、それを聞いて、大きな声で笑った。

「君もおもしろいことを言うねえ。さすがだよ」

 ところが、褒めてやったというのに返事はなく、すでにそこに相手の姿はなかった。

「やれやれ。いつまで馴染まないつもりなのかな」

 ユリウは笑いながら、次に対処すべきシナリオの制作に取り掛かる。

 過去の話と照らし合わせながら、その人物を埋め込む先における人生を構築する。

「この辺は、伏線ってことにするべきなのかな。でも、この幼馴染との兼ね合いで辻褄合わないかもしれないから、全面的に書き換えするべきかも。あー、こいつのは難しいね」

 世界は今日も回る。

 回され続ける。

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