20020227―魔王の仮面―
世界は、それほど単純ではない。
魔王は、それを十分に知っていたし、だからこそわかりやすく世界を統べるために魔王になるという形をとったのだ。
だから今更、どこか遠くのほうの国から王の遣いを名乗る者が反抗する素振りすら見せずにやって来た時も、驚きはしなかった。
「ある村を焼いていただきたい」
男は、跪き低頭しつつ、その村の場所を示しているらしい地図を差し出し、それだけを言った。
「どういうことだ」
魔王は、仮面で顔を隠していた。声も変えていた。それは、より魔王らしくあるために必要なことだった。魔王はそう思っていた。
「私達の国の中で、その村だけが全く異なる神を信仰しているのです。国王様がいたくご立腹なさり、兵を出して改宗を迫ったのですが、何度やっても命令に応じようとしません。そこで、魔王様のお力で、『そんな神を信じていたために罰があたった』、という構図を作り出していただきたいのです」
魔王は、男を見た。
「もしも承服していただけるならば、我が国は魔王様に忠誠を誓っても良い、と国王様はおっしゃっております」
魔王は、男を見た。
卑屈でもなく、かといって傲慢でもなく。ただただ真摯な顔をしていた。
自分がどれほど残酷なことを言っているのか、わかっているのだろうか。
「一つ尋ねる」
「はい」
「オレがここで機嫌を損ねるだけで、お前は八つ裂きにされる運命にあるだろう。オレのことが怖くないのか?」
男は、即答した。声の調子は全く変わっていなかった。
「怖いです」
「ならば何故、それほど堂々としている?」
「恐怖というものは、結局のところ全ては生きるか死ぬかの部分に集約されます。私達の国では、神が死後の世界を完全に約束しているため、恐怖を覚えることは神の住まう地に近付くことと同意なのです。ですから、嬉しくもあるので、平静でいられるのです」
魔王は、目を閉じ、嘆息した。
それは仮面越しで、男にはわからなかった。
そして、
「お前の願い、確かに聞き入れた」
とだけ告げ、背を向け、去って行った。
遣いの男はそれを聞きつけ大喜びで国へ戻った。そして国王にそれを知らせ、口封じに殺された。
三日の後。
その国は、ある一つの村だけを残して、全て破壊された。
死者の数は何十万という単位にのぼり、国外に逃れた数少ない生存者は、襲撃の様子をこのように伝えた。
「仮面をつけた謎の人物が、手下を引き連れて空から火矢に似た何らかの攻撃をしかけた。町は一瞬で火の海と化し、仮面の人物は、高らかに、自らこそが世界を完全に統べる者であり、神に代わる者であると宣言した」
この大破壊により、魔王の脅威は揺るがしがたいものと世界全土に認識された。
歴史上、正式に魔王の時代が始まった瞬間である。
だが。
この時実は、魔王は破壊行為など何もしてはいないのだ。
魔王は本当に約束どおりに指定された村を焼きに出かけた。
そして、そこで謎の襲撃を受けたために反射的に防御行動をとった。圧倒的な力の前に、襲撃が終了した時には魔王は防御だけで満身創痍になっており、直後に現れた仮面をつけた何者かと危うく戦闘になりかけて、ぎりぎりで逃げ帰ったというのがその真相だ。
そう。
この国を滅ぼしたのは、魔王などではない。
魔王の行動原則は自らが満足できるかどうかであり、無駄に思索を巡らし、自国の村を焼くことを提案した悪の国の方をこそ滅ぼそうなどといった、安易な天邪鬼的行為に走ることはない。
では、この時破壊を引き起こした仮面の人物とは、一体何者だったのだろうか?
魔王は、結局それを解明しようとしたが失敗し、しかし四百年にわたって独裁的に世界を掌握し続ける。その間も幾度か、自身の命じた覚えのない大破壊が世界の各地で引き起こされることがあったことは魔王以外誰も知らない。
そして。
魔王の時代が終わりを告げ、世界に平和が訪れたその背景には。
魔王でもなく勇者でもなく、システムというファクターが存在していたことを。
世界中の誰一人として知ることはない。
正義も。
悪も。
そのいずれにも属し得ない数多くの人々も。
結局はシステムに踊らされているだけだったのだと。
そう知る者は、いないのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます