20020226―修正のための修正―

「英知は結集されるべきなのだ。こだわりなど捨てていただきたい。そんなものはここでは邪魔なだけだ。それが理解できないような人物は、ここにいるにふさわしい人物ではない。即刻帰っていただこう」

 何百人も入れるホールの真ん中で、マイクを手に熱弁をふるっているのはユドリフマーカスだ。聴衆はユドリフマーカスを三六〇度ぐるり取り囲むように座しており、座席にはいくらかの空席も見受けられるが、それは別に今の発言を受けて帰ったというわけではなさそうだった。

「我々がどれほど危うい位置にいるか考えて欲しい。システムは、全てを見通している。この反乱のための会合すら、システムにとっては予測されたファクターに過ぎない。その中で起こせる行動など高が知れている。抜本的な解決には全く繋がらない」

「つまりそれは」

 ユドリフマーカスの右手の方から、反発の声が上がった。

「本当にシステムを脅かす提案が出来たとしても、それを実行しようとしたらその瞬間に修正が行われて、私達は世界から抹消されるってことでしょう? どうしろっていうの?」

「おっしゃる通り。どうしようもない」

 ホール全体がざわめいた。

「だが、それはすでに全く関係のない話なのだ。我々が消えてしまおうが消えまいが、それはどうでもいいのだ。何故なら、このような会合が実はこれまでにもたびたび開かれていて、我々のような人間が参加していたらしいという事実が存在するからだ」

 再び、今度は先程より大きなざわめきがホールを包んだ。

「はっきり言おう。我々は案を出すだけ出し、後はシステムの対応を待つことしかできない。その際、この世から消されるかもしれないし、記憶を曲げられるかもしれないが、そんなことはもうどうでもいいのだ。要は、システムが対応のために手を広げれば広げるほど、そこには綻びや抜け穴が発生しやすくなり、何度も繰り返して行けば、がんじがらめのルールの中から一本のルートが出来上がる、ということになるわけで、我々はその布石に過ぎないのだ」

「ふざけるな!」

「いい加減にしろ! そんなもののために自らの身を危険にさらしてたまるか!」

 会場のあちこちから野次が飛ぶ。ユドリフマーカスは大きく息を吸い込んだ。

「だったら帰れば良いだろうが!!! この腰抜けどもめが!!!!!!」

 マイクがハウリングし、ホールにいた全員が顔を顰め、押し黙る。

 少しの沈黙の後、ユドリフマーカスは続けた。

「先人達が築き上げてきた抜け穴のおかげでこの場に立ちながら、自らの身はかわいいか。とんだ厄介者が紛れ込んでいたものだな。そんな者は、ここには必要ない。むしろ邪魔だ。システムの存在を知っている時点で、既に身の安全の保障は全く存在していなかったはずだ。今更のように何を言うか」

 結局、席を立つ者は現れなかった。

「我々がここに集まった背景に何があるのか、それは全くわからないが、しかし、既にシステムに巻き込まれていることは間違いない。そして、それをそうと認識できている我々は幸せな方なのだ。何も知らず、何もわからぬままに消え去った者だって存在していたのだから。根本的な解決のために、我々は、出来るだけのことをしなければならないのだ。それだけの権利と、義務がある」

 ユドリフマーカスは、深呼吸した。

「と、いうわけだ。誰か、システムに関して何か意見のある者はいないか?」

 リアクションは、すぐにはなかった。

 が、しばらくしてから、おもむろに一人が手を挙げた。それは、若い女だった。

「どうぞ」

 促すと、彼女は立ち上がり、マイクを取り出した。

「甘く見すぎです、あなたは、システムを。理論はしっかりしていますし、正論です。おそらくあなた方がここに集まってこられたのも、そのように先人たちが作った抜け穴の存在があることでしょう。しかし、しかしです。進化しているんです、システムも。例えば――」

 場の空気が、その瞬間豹変した。

「私のように、世界の内部に存在する者が現れていたりといった風にね」

 ユドリフマーカスを初めとした、その場にいた全ての人間は、一瞬にして完全に巻き込まれたことを悟った。

 『警告のヒューズ』。

 閉鎖空間において、謎の女ヒューズが出した合図によって発生する。

 その空間内にいた人間は、一分間に二人ずつこの世から消えて行く。この世に元々いなかったことになる。消えた人物に関する他の人の記憶は、当人の消えた一秒後に消失する。その一秒間に消えた人物が誰であるかを把握できた人間が存在していた時点で、システムは終了する。

 ルールが、頭に焼き付けられた。

「せいぜい頑張って下さい」

 謎の女ヒューズは、彼女だけはやはり『警告のヒューズ』の対象外なのか、悠々と外に歩いて行った。

 会場はパニックになる。

 さすがに、ホールを飛び出したりといった軽はずみな行動を取るものはおらず、それだけが僥倖といえた。

「落ち着いてくれ! 各人、隣の人間を覚えろ! できるだけ多くの人間が視界に入るようにして、誰かがいなくなる瞬間を目撃できるようにするんだ!」

 ユドリフマーカスは指示を飛ばす。自身も、ホールの中央から、全員が見渡せる端の方へと移動する。

 ここに最初からいたのは何人だった?

 ユドリフマーカスは考える。その人数を忘れてはならない。確か三百四十四人だったはずだ。

 いや。

 違う。人数の把握は無駄だ。

 この世界に元々いなかったことになるのだから、その覚えた人数も当然のように辻褄を合わされて減って行くに違いない。

 だからいくら三百四十二人だったと覚えていたとしても、いつの間にか少なくなっている可能性だってあるのだ。

 ホール全体を見渡す。

 もう、誰か消えたのだろうか? それはそうに違いない。最初の二人は助けようがない。

 さらに言えば、ユドリフマーカスが『警告のヒューズ』の記憶をまだ持っているということは、彼がその渦中にいることに他ならず、まだシステムは止まっていないということだった。

 さらに二人が消えるはずだ。

「!」

 今、消えた。

 彼の前で、確かに誰かが消えたのだ。しかしそれが誰であるのか元より彼は知らなかったので、それは誰が消えたかを把握したということには含まれなかった。

 よって、一秒後にユドリフマーカスの頭から消された記憶は、ただ、そんな人物がいたということ自体だけであり、この時考えた思惑は残存した。

「!」

 だから、重大なことに気付いた。

「この中で、知り合いが一人もいない、または一人しかいない者は集まれ! 名前を言え! 誰でもいい、把握させろ! 誰かが消えたということを目で見ただけじゃダメだ!」

 この場に知り合いのいない者が消えたところを目撃できた者が仮に存在しても、それが誰なのかは絶対に把握できないため、システムは止まらない。二人だけお互いに知り合っているだけの者でも、両者同時に消えてしまえばどうしようもない。

 このシステムが真っ先に狙うのは、そういう人物だろう。

 そしておそらく、危険な思想を持っているものも先に消されるはず。

 となれば。

 その条件に当てはまっている人物に彼は心当たりがあった。

 ユドリフマーカスは、そして叫んだ。

「俺はユドリフマーカスだ! いいか! この偉そうに喋っていた、いけすかないガキは、ユドリフマーカスという名前だ! これだけ目立ってたんだ! おそらくシステムもそう簡単に手を出しては来ないだろうが、もしも俺が消えたら」

 消えたら。

「皆、気付いてくれ。システムを、止めて」

 止めて。

「きっとその後に続く、記憶を消されてシステムに迎合させられて与えられる幸せな何でもない日々を」

 せめて楽しんでくれ。

 そして。

 我々の中にいないかもしれない次世代の我々を。

 どうにかして導いてくれ。

 偶然でも何でもいい。

 システムの抜け穴を探して。

 世界を。

 変えてくれ。

 誰か。

 世界を。

 根本的に。

 変えて――

――

「突然何を言っているんだ? 俺達にもわかるように説明をしてくれ」

――

 『警告のヒューズ』は、わずか三分間で幕を閉じた。

 それを知る者はなく。

 ただ残された者は平凡な今日を生きる。

 今日を生きる。


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