20020224―そこにある世界の必然―

 奇妙だ。

 ゴズドラムは、わけもわからない状況をそのように位置付けて、とりあえずの納得をし、安堵をしてから、再度目をつぶった。

 町が見えた。

 それは、彼の知るどんな町よりもきらびやかでどんな町よりも大きくどんな町よりも素晴らしく美しかった。

 しかし同時に、彼の知るどんな町よりも荒れ果ててどんな町よりも小さくどんな町よりもみすぼらしく汚らしかった。

 町は希望を内包していた。

 町は絶望を内包していた。

 それだけを確認し、目を開ける。

 そこには何もなかった。

 闇だけが広がり、彼に何の情報を与えてくることもなかった。

 やはり奇妙だ。

 明らかにおかしかった。

 これは一体どういうことだろうか。

「偶然か? いや違うな。これは君の必然。おそらくは誰一人として知ることなく予測できず、その一方で誰もが知っており完全に計画、予想された事態。ここまで来たのは、君が初めてだ。と、同時に君が最後でもある。場所をかぎつけられたからには、私はもうここにとどまることは出来ない」

 急に声が聞こえた。

 だが、目を開けてみても閉じてみても、その声の主は決して見えなかった。

 しかし、何故か聞いたことのある声だということだけはわかった。

「君は何かを成した訳でもなければ、何も成さなかった訳でもない。それでもここに来た。来てしまった。君は自分でこの状況が全く把握できないはずだ。それは仕方がない。わかることなどありえない。君は人間だ。君の言葉で言うヒューマンだ。そうである限り、理解できない範疇に含まれる事象というものがあり、君が今立たされている状況というのはまさにその渦中だ。ゆえに、君には絶対に理解できない。理解してはならない」

 声は、淡々と続けた。

「君は私が誰か知っているが知らない。それは、私が君の知るその人物でありえないと同時に君の知るその人物でしかありえないということ。それは正解でもなければ不正解でもない」

 声は、淡々と続けた。

「君はここがどこだかわかっているのにわからない。それは、君がこの直前にいた場所から類推してどこに近い場所なのかは把握できるが、それを真実であると理解できないということ。それは人間の限界」

 声は、淡々と続けた。

「君は強い」

 声は、淡々と続けた。

「そのことが、この事態とどれほど関係があるのか、実のところ私にすらわからないが、不確定要素の少ない純粋な強さを見るにつけて、君の世界は君の強さによるところが大きい。ただ、それは一向に何かを成すためのベクトルには向いてくれないはずだ」

 声は、淡々と続けた。

「だからこそ」

 声は、淡々と続けた。

「君の勝ち得た物、失った物は、大きく、そしてどうしようもないほど無駄であり、それでいて壊れやすく、しかし数多い。それは、非常に滑稽でしかしひどく輝かしい。真似できないだろうな、誰にも」

 声は、淡々と続けた。

「ただ、それでも私はここからいなくなる。君はここに来て何かを成せるチャンスを目の前にしながら、何も見えていないはずだ。一方で、何も見えないことの本質が映像になって、目を閉じてもわけのわからないものが見えてくるはずだ。結局それが人間の限界。君は私に届かない。届いてはいけない」

 声は、淡々と続ける。

「むしろ、君にはこのまま君の世界にあってもらいたい。誰にも捕まらない、雲の様な存在のまま、圧倒的な強さを純粋に削られながら朽ちて行く、安らかな世界に戻ってもらいたい。だから、私はいなくならねばならないのだ」

 声は、笑った。

「さよならだ、ゴズドラム。ここまで来たことを、全てを抜きにして感謝する」

 ゴズドラムは、教室にいた。

 何かが奇妙である気がしたが何が奇妙なのか思い出せずそれがやけに奇妙に思えた。

「おい」

 桂の声に現実に戻された。

「何ぼおっとしてるんだ?」

「さあ」

「さあって……」

 友人と雑談している自分。

 自分と談笑している友人。

 放課後の教室。

 いつもの光景だった。

 それは、何の確証もなく、しかし万人が信じている、次の日もそこに存在するであろう光景だった。

 何気ない光景だった。

 それは、どこにでもあるような、しかしその実この時この場所でしか見られることのない光景だった。

 放課後の教室は、どことなく神秘的だと思ったのは、果たして今が初めてだろうか?

 ゴズドラムは、桂に訊いた。

「俺達がここにいるのは、どうしてなのだろうな」

 答えは、意外とすぐに、しかも的を射たものとして帰ってきた。

「偶然じゃないのか。何もかも、世界は全部そうやって出来てるんだと思うよ、俺は。まあ、それが良いか悪いかは知らないけどな」

 だとしたら。

 俺達は、必然としては、どこにいるべきだったんだろう?

 彼はしかし、その問いを飲み込んだ。

 奇妙だった。

 こんなにも静かに、今日も夕日は沈んでいく。

 ただそれだけのことをただそれだけ認識し、そして、自分はこの世界に生きている。

 偶然で。

 ほんの、偶然で。

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