20020222―アイニゲの信念―

 昔から、アイニゲ・リアルカスタムの考え方は変わっていなかった。

 彼は、ただ単に、無意味なものが嫌いなのだ。

 だから、迷宮の存在を否定した。

 それだけのことだった。

 たとえ、そのために様々な人間を犠牲にしようとも、構わなかった。

 しかし。

 気になることはあった。

 常に付き纏い続ける違和感である。

 自分が自分でない瞬間がある。

 自分が、全く違う人間であるような気がする瞬間がある。

 世界が不自然に見える瞬間がある。

 昔から変わっていないはずの考え方が、やけに奇妙に思える瞬間がある。

 おかしい。

 おかしい。

 だが、何がおかしいのかわからない。

 アイニゲ・リアルカスタムは、ただ、無駄なものが嫌いなだけだ。

 ただ、それだけだ。

 誰がなんと言おうと、それが彼だ。

 三つ首の犬の紋章を好んで使う迷宮否定主義者。

 それが彼だ。

 誰が、何と言おうとも。

「それが俺だ!」

 叫ぶ。

 叫びは、辺りにむなしく響き渡る。アイニゲは、たった一人生き残ったその迷宮の内部で、ずきずきする頭を押さえながらゆっくり立ち上がった。

「なるほど。そうかそうか。君は、極端に傾いた思想に傾倒したこの世界でも所詮小さな反乱分子に成り下がるか。惜しい、実に惜しい。君に足りない物はいくらでもありそうだが、その中で致命的なのは『柔軟性』であるようだな」

 その声は突然だった。どこから聞こえているのか、全くわからない。

 きょろきょろと周りを見ても、もちろん誰もいない。

「誰だ」

 アイニゲは問う。

「凡庸な問いだな。それがわかったところで、お前に何のメリットがある。結局私がどこにいるのかわからぬのでは、手も足も出まい」

 声は答える。

「関係ない。言え」

「言ったところで無駄だ。お前は今、迷宮の中にいるのと同時にいない状態にある。私としゃべるためにな。元に戻れば全てを忘れる」

「それならなおさらだ。お前は誰だ?」

「……言うわけがあるまい。本来私達はお前達へ直接接触を取ることを禁じられている。わざわざこうして禁を破ってまで現れてやっただけ感謝しろ」

「そこまでして俺に干渉したのはなぜだ?」

「理由などない」

「何だと」

「気まぐれだ。それで不満なら、久しぶりに人間との会話をしたかった、と言えばいいか?」

「く……」

「お前は、少し粗が目立つ。頓挫するのが嫌なら、もう一度自分をかえりみることだな」

「何の話をしている、おい」

 返事はなかった。

 当然だ。これは独り言なのだから。

 アイニゲは、何故かふらふらする頭を押さえ、どうにかこうにか歩き出す。

 何故か先ほどから自分のことばかりをむやみやたらと考えている気がする。

 それも、繰り返し繰り返しだ。

 なぜだ。

 何かがおかしい。

「ほう、他の者とも接触したのか。貴様、相当世界を渡る際に変わってしまったらしいな。もはや扱いは研究対象のようだ」

 声が聞こえる。

 辺りを見回しても誰もいない。

「誰だ」

「そんなことを聞いてどうなるというのか?まったくもって無駄な問いだと思わぬか」

 ――――。

 迷宮は、続く。

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