20020219―聖剣の帰還―

 魔王がいなくなってから、三年経った。

 世界は何事もなく、平和であり平穏である。

 当然の帰結の中、その流れ行く時間の中、フランシスカも日常の緩やかな渦に身を委ね、静かな生活を享受するようになっていた。

 無論、毎日祈祷は欠かさず行い、あの幼馴染の少年――いや、今なら青年か――のことを忘れたわけでもない。

 しかし、彼がおそらく死んだということを、薄々ながら受け入れ始めようとしていた時期ではあった。

 そんな折。

 村に、勇者キヨカが訪れた。

 勇者は、魔王の死後も、様々な町や村を放浪していると聞いていたが、まさかこんな所にまでやってくるとは正直フランシスカは驚いた。

 最初に見た時、勇者は大勢の村人に囲まれて、困った顔をしていた。

 キヨカは、まだ若く、素晴らしい美貌を持った女性だった。

 彼女は、宿屋に泊まると過剰なもてなしを受けてしまい、結果的に相手の不利益を導いているような気がするから、という理由で、神殿に泊めて欲しいと言った。

 神殿と言っても、平和になった後しばらくは感謝の言葉を告げに来る人が殺到したものの、しばらくするとこの小さな村では訪れる人が減ってしまい、偉い司祭様達は、新しく出来るらしい他の街に出向いてしまっていて、今や巫女であるフランシスカの管理下にあった。そこに寝泊りしているのは、今はフランシスカだけだ。まあ、もちろん泊めてくれと言っている人を放っておくわけにもいかないので、彼女はにこやかに了承した。何より一度、魔王を倒したと言う勇者とじっくり話がしておきたかったのだ。

 本物の、勇者様と。

 そんなわけで、フランシスカは、キヨカと一緒に夕食をとっているところだった。

「キヨカ様は、どうして魔王を倒そうとお考えになったのですか?」

「皆が困ってたから」

「それだけですか?」

「そんなもんだろ。動機なんて。君だって、巫女になったきっかけを考えていけば、小さな何かが始まりだってことに気付くんじゃないかな」

 フランシスカは、

「私の場合は、すこし違いますよ」

 と即答した。

「そうか」

「私には、動機なんてないんですよ。昔から巫女になることが決まってましたから」

「そうなのか」

「ええ」

「それは大変だな」

「そうでもないですよ。自分の道を迷わずに済みましたから」

 その言葉が、キヨカを苦笑させる。そこには、自虐的なものが含まれていた。

「迷わずに済んだ、か」

「どうかしました?」

「いや、何。オレは、迷ったからさ。それはそれで羨ましい生き方かもしれない、とな」

「そ、そんなことないですよ。私は、キヨカ様が羨ましいです。本当は私も、勇者になりたかったんです。それは無理でも、せめて勇者の旅のメンバーに加わりたい、と。五年位前に、私の幼馴染が魔王を倒す旅に出たんですよ。私はそれに付いて行きたかったけれど、母が病気にかかってしまって、看病のために村に残ることになってしまったんです。結局、母は助からず、彼も戻って来ませんでした」

「つらい目にあっていたんだな」

「いえ……私なんて、まだ良い方ですよ」

 沈黙が続いた。

 ただ黙々と、食事が進む。

「つかぬことを聞くが」

 キヨカが、スープを飲むのを止め、ふと呟くように喋り出した。

「その幼馴染というのは、伝説の剣のことを知っていたりしなかったか?」

「え? 導きの聖剣のことですか?」

「知っているのか!?」

 キヨカは、突然大きな声を出した。

「え、ええ。彼が、裏山の祠にあった封印を解いたら、そこから出てきた剣に書き置きが添えてあったということで……」

「……その剣を、君は見たことは?」

「あります。無駄な装飾がなくて、鏡面のように美しい刀身が印象的な、これくらいの長さの剣でした」

 フランシスカが、両手を広げてその大きさを示す。キヨカは、無言で立ち上がり、壁に立てかけていた、布で包まれた何か長い物を取ってきた。包みを剥ぐと、そこには手製と思われる鞘に収まった長剣があった。

 キヨカは、それをフランシスカに差し出す。フランシスカは、不思議に思いながらそれを受け取る。ずしり、と金属の重みが伝わった。

「鞘から抜いてみてくれ」

 恐る恐る、言われた通りにすると、

「!!!!!!」

 それは間違いなく、彼女の幼馴染の持っていた導きの聖剣だった。

「ど、どこでこれを……?」

「そうか……。やはり、この村だったか。この剣は、オレが魔王を倒す時に使った物だ。旅の途中で手に入れた」

「え、旅の途中? じゃあ、あの裏山にあったものではないんですか?」

「いや、おそらくそうだろう。これは、その持ち主が死ぬ直前に、オレに託した物なのだ」

 フランシスカが、剣を床に落とした。金属と石とがぶつかり、驚くほど大きな音が反響する。

「持ち主は、死んだ……んですか」

「……ああ。彼は、最後まであきらめていなかった。魔王を倒して故郷に帰ると、うわごとのように呟いていた」

「そう、ですか」

「すまなかった。オレがもう少し早く辿り着いていれば……」

「いえ、キヨカ様が謝られることは、ない、ですよ」

 フランシスカは、泣いていた。

 キヨカは、それを静かに見ていた。

 導きの聖剣は、刀身にその様子を映し、ただ床に転がっていた。

 翌日。

 キヨカが村を後にした。

 導きの聖剣はもう持っていなかった。


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