20020218―レイトゥの布石―
「レイトゥの話知ってるか?」
「知らない。何それ?」
「俺も知らない」
「は?」
「つまり、レイトゥの話なんてのがこの世界にあるとしたら、それは俺も舞も知らない話だということになるな。ちょっと考えてみるか」
「天城ちゃん」
「何?」
「頭大丈夫?」
「お前にだけは言われたくない」
「だってさあ、そんな、今この世にない話のことまで考えるのは、さすがに無理だよ。こういうの、適当な名前の適当な奴をでっち上げればいくらでも作れるわけだし――」
「そう。だからこそさ、知らない話、この世にない話も考えてみようかと思ってね」
「何で?」
「気になるだろ?」
「何が?」
「俺達が考えた話も、世界を巡るうちにどこかで本当になってしまうのかどうか」
「え?」
「俺はね、この世界では、たぶん俺の思う以上にやばいシステムがいっぱい張り巡らされてると思う。そのシステムは、巻き込まれるまで全く気付かずに、巻き込まれて初めて認識し、事が終わると記憶から消えてしまうというようなものだろう。こうなると、どう足掻いても、誰も知らないところで何かが起こっている、という、雲を掴むような話にならざるを得ない。把握できないのって悔しいだろ。だから、俺は逆に、初めに話が存在して、それを知識として得たがために発動してしまうシステムっていうのもあるんじゃないかと思ってみることにしたんだ」
「ああ、何かわかるようなわからないような……」
「じゃあ、簡単に例を挙げてみようか。紫の鏡っていう話知ってる?」
「え、怖い話とかでよくある奴? 紫の鏡という言葉を二十歳になるまで憶えていたら死んでしまうっていう……」
「そう。たぶんこの話はあくまでも怖い話の枠を出ない安全な類の奴だけど、もし仮にこれが本当の話だとしよう。とすると、非常におもしろい構造になっていることがわかるだろ? 『紫の鏡という言葉を二十歳になるまで憶えていたら死んでしまう』という話を聞くまで、たぶん紫の鏡なんて言葉を考える者はいないわけで、つまるところ、その情報を伝えることで初めてその情報が本当になる、という構図があるわけだ」
「それはわかるけど」
「けど?」
「それって不幸の手紙とかと同じじゃない」
「そうだね」
「…………」
「不満?」
「てゆーか、そんなことを目指してどうするの?」
「いや、むしろ逆。それを目指すんじゃなくて、止めるために使う」
「どういうこと?」
「紫の鏡に関しても、地域によって違いはあれど、ピンクだか白だかの鏡という言葉を憶えていれば死なずに済むという、防衛手段が用意されている」
「よっぽどの怖がりが、助かる道を勝手に考えたんでしょうね」
「たぶん。でも、それを延長させれば、情報を新たに加えることでシステムの逃げ道を作れるということにもなる」
「つまり、勝手に私達で、情報が先にあるシステムを構築してみて、それが成功したら今度は情報を重ねて防衛してみるっていうわけ?」
「そう。または、最初の時点で発動の抑制をかけておく」
「それはわかんない」
「わかんなくていい。ともかく、そんな風にして、この世に無い話をちょっと考えてみようかな、みたいなことさ。どう?」
「私は反対」
「そう。ならいいや」
「あきらめ早すぎ。理由くらい聞いたら?」
「別に。やらないならやらないでいいし」
「そ、割り切りのよろしいことで」
「ただね」
「うん?」
「そういうやり方もあるんだってことを知っておいて欲しい」
「はいはい」
「さて。そろそろ授業が始まるな」
「そうね。私も席に戻るわ」
チャイムが鳴る。
天城はノートパソコンをしまい、古典の教師、眼鏡の青柳が来るのを待つ。
そんな、日常のひとコマだった。
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