20020215―キヨカの告白―
「まあ、私にも良くわからないんだけどね」
舞はまず、そう前置きした。それを聞くキヨカの顔は真剣そのものだ。
「武道にしろ何にしろ、その動きが相手に把握されている内はまだまだダメなんだって。本当に強い人の動きは、全く把握できないんだって師匠が言ってた。速いから見えないとかじゃなくて、見えているのに、それを脳が理解する段階で人間の能力を凌駕するから、言語化も映像化もできないんだって。数値化は出来るらしいけど、それって具体的に何なのか知らないし。とりあえず、私はそういう動き方を修行で手に入れたの。能力はパターンAしか持ってないし、さして力も強いほうじゃないけど、この動きが見破られない間は誰にも負けないってこと」
キヨカは、地面に叩きつけられた時に強打した腰を押さえながら、とりあえず立ち上がり、目の高さを合わせた。
「……そんなことが、あっていいのか?」
「あるんだからしょうがないでしょ。反則っぽいのは百も承知。だから普段は使わないし。それより大丈夫? 私、今かなり本気だったけど」
「ああ……魔王と戦った時よりは幾分か楽だ。しかし……オレの能力を凌駕する者に出会ったのは初めてだ」
キヨカは、気遣わしげな舞の視線を振り切り、背を向けた。
「お前が、魔王の元に辿り着いていたのなら……オレが勇者になることなどなかったのだろうな」
「そ、そんなことないよ。私の動きだってたぶん弱点あるし、話に聞く限り私じゃ魔王には勝てなさそうだし……。それに私、自分で言うのもなんだけど、精神的に弱いところがあって、たぶんそういうところは勇者なんて柄じゃないし――」
「それはまるで、オレが精神的にも強い、みたいな言い草だな」
「え、違うの?」
「オレだってお前と同じ。勇者であるとかの以前に、一人の女だ。恋人や仲間が死ねば悲しくて涙も流すし、つらくなれば自分の立場をすぐ投げ出そうとする。弱虫もいいところさ。本当は、オレは勇者なんて呼ばれるべき者じゃあない」
自虐的に笑う。舞はその後姿を不思議そうに眺めていたが、不意に前に回りこみ、
「でも、世界に平和をもたらしたじゃない。やっぱりそれってすごいわよ。それを成し遂げておいて、そんなことを言えるってのが、また、すごいというか何と言うか……」
「ありがとう」
案外あっさりと、普通の返事が返ってきたので、舞はきょとんとした。
キヨカは小さく溜息を吐く。それは、ひどく疲れている者の吐息だった。
「でもオレは、お前が思うようなすばらしい者じゃないんだ」
俯き、静かに目を閉じる。その目尻から、一筋の涙がこぼれた。
「……お前になら、話しても大丈夫だな。意外と早く答えが見つかりそうだ」
「な、何の話?」
「これからオレが言うことを、とりあえず最後まで聞いてくれ。そして、お前はその後オレに好きなことを言えばいい。場合によっては殺してくれても構わない。お前はきっと誰よりも的確に、オレを裁いてくれるだろう」
キヨカは、そんな要領を得ないことを口走り、何故か柔らかな笑みを浮かべた。
「お前は、強さという概念を、本来のあり方である、人を蹴落とすという方向には使っていない。それはひどく理想主義的で幻想に満ちてはいるが、純粋で非常に美しい」
強い意志に彩られた静かな視線と、困惑気味でわずかに揺らいでいる視線。その二つが虚空でぶつかり合い、溶け合った。
「君に会えて、とても良かった」
そしてキヨカの告白が始まる。
勇者の過去が、自らの手で暴かれる。
開かれてはいけなかった扉が、今開かれる。
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