今から二十年ほど前、破竹は東の楽園で生まれた。目的があって生み出された。生を授かる遥か前から破竹のためのレールは敷かれていた。

 楽園は残酷の意味をよく知っている。

 破竹は死ぬために生まれた。比喩ではなく、嘘でもない。破竹からは永遠が奪われ、代わりに死が与えられた。

 破竹の両親は誰もが認める賢者だった。あらゆる幸福を楽園にもたらした彼らは、遂に欠落を欲した。飢えることに飢えていた。奇蹟のような悲劇を求め、満ち足りた生活に終止符を打った。

 そのための交わりであり、そのための十月十日であり、そのための破竹だった。

 無事、結実した。

 破竹は死という取り返しのつかない要素を内包し、生まれながらにして生きる意味を喪失していた。全く価値の無い存在であり、一目でそうとわかる特徴を有していた。

 本来ならば一顧だにされず捨てられる愚物だった。だが破竹は悲劇の小道具とされた。楽園の住民全てが破竹の誕生を嘆き、その両親に同情を寄せた。台本に無いのに号泣する者までおり、最も上手く落胆出来た者は表彰された。

 破竹はその空気を吸って育った。

 両親は塞ぎ込んだが、部屋に運ばれた三食はきっちり食べた。他の住民に支えられて徐々に活力を取り戻した。

 当然その間、母親が破竹に乳をやろうとしたことはなく、抱き上げてあやしたこともない。父親に至っては、破竹を見たことすらなかった。人伝てに、知識として自分の子を知ったのみだ。

 二人が復調するや、破竹の育成は正式に放棄された。両親は不幸を賞味し尽くし、徒労の無い結末を所望した。一刻も早く死ぬことが、破竹には求められた。

 破竹は期待に応えられなかった。まだ死ねなかった。自我の芽生えていない幼子に、死の概念は重く複雑で手に負えなかった。死を知らず、ゆえに死ぬ術を待たなかった。途方にくれて泣いてばかりいた。

 腹の底から搾り出される喧しい声に釣られて、盲目の詩人が破竹の元へふらりと立ち寄った。詩人は死の本質を探っていた。二人の賢者は事情を話すうちに詩人と意気投合し、破竹を譲り渡すことに決めた。

 好きなように使ってください、と申し添えられて、幼い破竹は無償で詩人の手に渡った。

 両親は滂沱の如く涙を流し、住民の喝采を浴びた。詩人も、白く濁った瞳を潤ませ、精一杯の同情を示した。終幕は最高の盛り上がりを見せた。

 破竹には、皆が何故泣いているのかわからなかった。転倒した悲劇の構図を、小さな頭ではどうしても描き切れなかった。自己目的化、という大切な部品の理解が欠けていた。

 破竹を手放した賢者は全てを取り戻した。富と名誉に包まれ笑顔の絶えない生活を送った。東の楽園は栄え、何人たりとも干渉出来ない究極の幸福の中に鎖された。

 皆、永遠を永遠のままに愛した。

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