虚無騙り
今迫直弥
一
渇き切っていた。
破竹は絶望の中にいる。この二日間、水分を口にしていない。ひりついた喉を砂混じりの熱気が嬲る。咳き込むような愚は犯さない。エネルギーの無駄遣いは地獄へと直結している。淡々と足だけを前に運ぶ。
左京砂漠は広い。情報が確かなら、街に出るまで最低でもあと三日はかかるだろう。
荷物は全て失った。
破竹に残されたのは衣服のみ。国境で、防砂処理された代物に着替えていた。おかげで助かった。直射日光を浴びぬよう、念入りに全身を覆う。引きずるほどに長い裾を踏んで転倒でもすれば、破竹の人生は終わる。横になれば再び起き上がれるだけの気力が無い。
汗すら乾いている。布地の内側から塩が零れ落ち、土に還る。
朦朧とした意識の陰では理性が休んでいる。快不快を判じることもしない。脳は糖を食い過ぎる。今、破竹に必要なのは思考ではなく行動だった。
肉体の限界を超えなければ生還出来ない。大いなる矛盾だった。生きる道をようやく見つけた。そのつもりだった。結果がこれだ。破竹の一歩は砂の中に消え、破竹の一息は虚空の中に溶ける。有限の世界で囲われ、矮小化される。
破竹の瞼が熱砂の演舞を遮断した。何も見ない。僅かだがエネルギー効率は増す。足を動かす。誰にも止められない。止める者は無い。破竹は前進しかしない。
長い道程だった。短い夢想だった。儚い未来図は過去と共に消えて行った。金色に輝く悪夢の中に紛れてしまった。
鳳は今頃、平然と呼吸をしている。横たわることも食事をすることも許される環境にいる。日常を謳歌している。
当然、水も飲める。
それでも破竹に後悔は無い。
瞼の裏側には死がちらついている。全身で死を感じている。凍えそうな心の核は猛烈な愛が暖めてくれる。酩酊するには虚ろ過ぎる。
破竹の右足が砂を踏む。
破竹の左足が砂を掻く。
破竹の右足が砂を踏む。
破竹の左足が砂を掻く。
破竹は歩く。関節の悲鳴を押し隠す。黙殺し、叱咤する。
まだ動ける。まだ動かす。
破竹の右足は砂を踏み、破竹の左足は砂を掻く。
何故か頭が重い。思わず額に手をやる。虚無が布で覆われている。
突然、喪失感に襲われた。幻影を振り払う。
風が止み、今度は静寂が砂漠を揺るがす。
破竹はうっすらと目を開き、天を仰いだ。
救いの神は、まだ来ない。
思わず笑んだ。
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