よく似た街⑩

 しばらく待つと、静かになった。事が解決した静けさではなく、追い立てられていた一人が観念した静かさ。人の話し声は依然聞こえる。彼らは息を切らしながら、どこかへ去っていく。警察に通報しようとも考えた。ただ事をどのように伝えるべきか悩む。想像の範疇であってはいけないと思い、移動を開始する。音をたてぬよう忍び足で、裏手の道路に足を向ける。音を聞くに、彼らはこちらには向かってきていない。鉢合わせになることはないだろう。そう考えながらも、神に祈ることは怠らない。

 耳に全神経を集中させて、事の現状をうかがう。曲がり角の向こう側で何が起きているのか。そっと顔をのぞかせる。予想通り、男が一人捕まって、四、五人の集団に引きずられている。親父狩りか若者の度の過ぎた抗争か。

 一つ、特筆すべきは、その男の顔が私によく似ていたことだ。目鼻立ち。どこかが違うようで、どこか似ている。異なる成長を遂げた自分自身の姿を見たような。

 そしてこの想像は、事実から遠くないのだろう。引きずられる彼こそが、私のいない間にこの街で過ごしていたもう一人の「私」なのだと確信する。

 息をのんだ。集団の一人がこちらを振り返った。私はとっさに物陰に身を隠す。

「どうかしたか?」

「いや、気のせいだ」

 そんな会話が聞こえたが、まだ安心できない。心臓の鼓動は速まっていく。嫌な想像ばかりをしてしまう。彼らの足音が完全に消えてから、私は再度曲がり角から顔を覗かせる。

 路地には争ったような跡が残っている。もう一人の私が、彼自身の意志に反して連れ去られたことは明白だった。

 彼らの後を追わねばならない。

 幸いにも、私を連れ去った彼らは「会話」をしていた。静寂極まる田舎街で、彼らの発する音を邪魔するものは虫の音色以外にない。私の存在を気取られぬように、後をつけていく。

 昨日訪れた駄菓子屋から明かりが漏れている。中で複数人が話す声が聞こえる。駄菓子屋のおばあちゃんの声は含まれていなかった。私は彼女の身を案じた。表には見張りが立っていたので、裏手に回った。細かな違いはあれど、勝手知ったる街中だ。小学生の頃の記憶を頼りに、駄菓子屋の中を覗ける窓を見つけた。

 もう一人の私は、椅子にくくりつけられている。明かりの下でその顔を見ると、確信は一層深まった。自室で見た写真に写っていた私は、間違いなく彼だ。私が不在の間に「私」としてこの街で生きていたのは彼だ。

 彼の服は血で汚れていて、彼自身もぼろきれのように衰弱しきっている。顔は殴られて腫れ、他人のようであったが、それでも私には、彼こそがこの街で生きてきた「私」なのだと感じた。



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