よく似た街⑨
アラームをかけなくても、自然と一時半に目が覚めた。寝つけたことの方が意外だった。Sの真意が気になり、頭の中はずっと憶測を繰り返していたし、起きられなければその真意も知ることができないと思うと、安心して寝られるわけもないだろう。ただ自分は自分が思う以上に図太く、気づかぬ間に寝息を立てていた。
私の知らない「私」は、結局帰っていないようだ。しばらく家を空けると言っていたらしい。鉢合わせになることも心配していたが、どうやら杞憂に終わったようだ。
枕元に置いた携帯を見る。外に出る準備をしなくてはならない。家の中は幸いにも静まり返っていた。父も母も、無事寝付いているようだ。衣擦れの音にも気を配りながら、布団を横によけた。
居間に布団を敷いて寝た。自室で寝るのはためらわれたので、母に来客用の布団を出してもらった。家を出る時に、居間からの方が都合が良いという理由もあった。真っ暗であっても、ここは長年住んだ家。勝手はわかるだろうと高をくくっていたが、間取りが記憶とは異なっており、引き戸に肩をぶつけてしまった。また静寂。耳をそばだてる。何も動きはない。安堵。改めて、外に出る準備をする。
財布と携帯があれば足りるだろうか。服を外向きに変え、靴を履いた。待ち合わせには早めについておきたかった。何より、家を出ることが一番の難関。それは、幼き頃の夜遊びと変わらない。母の地獄耳は目ざとく私の蛮行を見とがめ、制止してしまうのだ。このセンサーをかいくぐらねばならなかった。
ただこちらももう大人。音の一つ一つに気を配る余裕がある。外に出て、ノブをゆっくりと戻した。砂利道の庭を抜けて道路に出た。ここまで来て、ようやく安心して息を吐くことができた。母に見つからなかったことがもの悲しくもあったが、他ならぬSの要望だ。私は待ち合わせ場所に向かう。
街は表情を変えた。夜というだけで、全くの異世界であるように思う。あんなところにコンビニがあっただろうか。床屋の隣はそろばん塾だっただろうか。昼にもまして、何もかも異質に見える。妄想が過ぎるだろうか。人影はなく、人目を忍びながら、足早に目的地に向かった。
道筋を忘れてしまっていたので、携帯で地図を表示した。十分前にはつくことができそうだ。そう安心したのもつかの間。男の悲鳴を聞いた。ちょうど今いる道の裏手のようだった。
道の端に身体を寄せた。人の声もいくつか聞こえた。身の危険を感じ、息をひそめる。酔っぱらいの喧嘩とは違う。高校生の家出とも違う。複数人が一人を追い立てているような、そんな音だった。
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