よく似た街⑦
しかし杞憂もどこへやら、八年の月日を感じぬほどに、時間は埋められていった。思い出話に花が咲き、話すほどに過去がふわふわと浮いて出る。意外と記憶の片隅には引っかかっているもので、Sの一言一言をきっかけに、どうでもいいような記憶から価値観に影響を与えていたであろう事柄まで思い出される。今この場所だけは、いつかの時間の中にいるようで、周りのことは何も気にならない。Sとの友情関係が、どれだけ時に流されようとも変わらないものであるのがうれしかった。
高校の帰りにたまに駄弁った喫茶店を舞台に選んだ。メニューも記憶の中にあるままで、ココアをいつかと同じようにココアを注文した。Sはコーヒーを飲めるが、私は苦いものが苦手で、いつもココアを飲んでいた。
思い出を、過去を共有できることは、まぎれもなく目の前にいるSが、私の知るSである証明のように思う。ただそれでも、時折私の認識とは異なる事実を前提とするような彼の言葉に、現実に引き戻される。彼の認識では、どうやら私は二週間ほど前までこの街にいたらしい。母や父が懐かしむそぶりを見せなかったのは、Sの認識と同じ事実を共有していたからだろう。私が間違っているのだろうか。見知った顔が私の知らぬ事実をあまりに当然として扱うと、それが事実であるかのように思えてくる。危険な兆候。都会での生活すべてが夢のようだ。
私の知らない世界がそこにあることが、怖くてならない。
「それにしても、珍しいな。こんなに思い出話ばっかするなんて。普段そんなそぶりまったくないのにさ。なんかあったの?」
Sが冗談交じりに聞いた。私は一抹の悲しさを押し殺した。
じっと、Sの目を見返す。彼はきょとんとしたままだ。私はあくまで冗談として、今私が抱えている疑念、不安を彼に打ち明けた。コップの中の氷が溶けてバランスを崩し、からからと音を立てた。笑い飛ばしてほしかった。この郷愁に飲み込まれてしまうのも悪くないと思えていた。どちらかに振り切ってしまえば、変に訝ることもなくなるだろうから。
ただ彼の顔から、笑顔は消えた。驚くような表情をして、周囲をうかがう素振りをした。店内には、ほかに二グループほど客がいる。いつかの私たちと同じように駄弁る高校生二人組と、知り合いの母親かもしれない四人組。彼らと私たちの世界は交わるはずのないものだ。
しかし今だけは。
二つのグループとも、こちらをじっと見つめていた。会話は続いているのに、目だけがこちらを見ている。薄気味悪くて仕方なかった。Sは血の気の引いたような顔で、鞄からボールペンを取り出した。
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