よく似た街③
実家に帰りつくと、知らない犬が出迎えてくれた。そういえば、いつだったか、自分が去った後に犬を飼い始めたと聞いた記憶がある。犬は私の匂いを知らないはずなのに、吠えることなく擦り寄ってきた。私もすぐに犬のことを気に入り、甘えられるのに応じた。玄関口にかがんでいると、家の奥から母が現れた。
「あら、あんた、帰ってきたの」
「あぁ、さっきついたばっかだよ。庭に適当に車止めさせてもらってる。久しぶりだね」
母の姿。白髪も多くなり、老いを感じる。それでもまだ昔と変わらない調子で、私は安心した。これから、もらったものを返していくのだ。目頭がじんと熱くなって、実家に帰ってきたことを実感する。私が幼稚園の時に書いて賞をもらった絵が、天井近くに掛けられているのに気づく。
「帰ってくるなら、前もって言っといてくれればいいのに。しばらく空けるって言ってたから、あなたのお布団とかしまっちゃったわよ」
「あれ、連絡はしたと思うんだけど」
携帯を確認しようとポケットをまさぐった。するとうしろから、父の声がした。
「おう、帰ってきたのか。なんか忘れ物か? 家が恋しくなったか? まぁなんでもいいさ。荷物置いて一息ついたら将棋でもしようや」
父は、背が縮んだようだった。私が大きくなったのだろう。昔は怖くも感じた背中。今は弱々しい。顔のしわも深くなった。それでも農作業をしているからか、腕は焼け、健康的に見える。まさしく今も、畑仕事から帰ったばかりらしい。小脇に抱えるバケツには土のついた野菜が放り込まれている。
「あぁ、もちろん」
何かが食い違うようだった。奥歯に魚の骨が挟まっているような違和感がある。故郷への哀愁に水を差されたような。ただ一方で、昔と変わらぬ様子で受け入れてくれているようでうれしくもあった。変わらず自分を受け止めてくれる、抱擁してくれる場所の存在は心の励みになる。帰る場所があるというだけで、なんだか頑張れるような気がする。
「あ、これお土産。みんなで食べて。そういえばこの子。何て名前?」
母に土産の袋を手渡す。母は嬉しそうに受け取る。中身を検めて自分の好きな大福が入っていることが分かると、さらに嬉しそうにした。
「あぁ、ポチャのこと? 名前忘れるなんて、どっか頭でもぶつけた?」
「ポチャか。名前聞いたことあったっけ」
「なにいってんの。あんたが名付けたんじゃない」
母は、まるでさも当然であるかのようにそう言い放って、台所に消えていった。行き場を失って目線を落とすと、ポチャと呼ばれた犬と目があった。黒く丸い穴倉が、こちらを覗いているようだった。背筋が少し凍えた。顔の表面だけが冷たくなったように、口元の動きが鈍くなった。
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