よく似た街
よく似た街①
故郷に帰るのは、八年ぶりになる。知らぬ間に高速道路ができていて、田園風景も目新しく感じる。少し窓をあけて、風を取り入れる。八月の風は生ぬるく、エアコンの風と混ざって誰も得しない温度になる。木々の香りに紛れて、田畑の匂いが吹き込んだ。どこか懐かしくて、窓は開けたままにしておいた。
二〇代は仕事で忙しく過ごし、ふるさとを顧みる余裕などなかった。都会での暮らしは刺激に満ち満ちて、日々は目まぐるしく過ぎるばかりだ。気づけば三〇手前。ふと、故郷が懐かしくなり、母に「帰る」と一報を入れた。母の声が浮かれているのが分かり、土産は何にしようと考えた。
カーナビに設定した目的地を再度確認する。あと五キロほどで到着だ。後部座席でお土産の袋が車に揺られ、かさかさと動いた。
『およそ二キロ先、○○インター左方向出口です』
カーナビが聞き覚えのないインターチェンジをアナウンスした。街から離れたので、車も多くなく、車線変更の必要もなかった。ハンドルを握りなおし、来たるべき出口に備えた。間もなく着くタイミングでこそ気が抜けて事故を起こしやすい。特に自分には、最後の詰めが甘い自負があった。仕事でも、何度それでポカをやらかしたかわからない。高速道路での二キロは一瞬だ。
『およそ一キロ先、○○インター左方向出口です』
視界の奥に、左方向に抜ける道が見えた。間違えようのない、明快な道筋だ。示された出口から抜ける。すぐに合流のための信号があって、車は一時停止した。
あたりを見回してみる。もう故郷も近く、いくらか見覚えがあってもおかしくないあたりだが、どうにも面影が見つからない。八年という月日の重みを思い知る。この穴を埋めることは容易くないだろうが、幼少時代から青年時代までを過ごした地だ。自分の人生を考えるうえでルーツと呼べる場所で、ないがしろにはしたくなかった。
あぁ、確かそこらに古本屋があったっけ。高校の時に放課後、友達と自転車で走った記憶がある。
そんな懐古をするも、すぐに思い違いをしていたことに気づく。そんな独り相撲を繰り返している。カーナビの表示が更新された。目的地を指していたはずの青い線は、高速道路を下りなかった場合の道を示す。
『この信号を右折してください』
確かにナビはこのICで降りろと言っていたはずなのに、また戻れとはどういう了見だろう。彼もまた、新しい地理に対応できていないのかもしれない。
信号が青になる。私は信号を左折する。もう、目的地はすぐそばまで来ている。ここから先は、下道で行くことに決めた。故郷の香りに慣れるには、その方が良いと思ったからだ。
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