回転猿⑥

 それでも、コバヤシとの関係性は続いた。彼だけは良き友人でありつづけた。猿山の頂点に飄々と現れ、言葉を一つ二つ交わして去っていく。人目をしのんで、自分から山を下りることもあった。彼と話すことには、それだけの価値があった。

 コバヤシを通じて、猿たちの世界について、理解を深めた。彼らのコミュニティについて、檻の向こう側にいる時は何も感じていなかった。ただ、こちらに来て思うのは、彼ら一つ一つにも、きちんと表情があるということ。上に立ったことで、一つ一つの顔がよく見えるようになったと思う。

 猿たちは、ボス猿に特に美味しい餌を献上する。ボス猿はさも当たり前のように、その餌を食らう。それに不公平を唱える猿はいない。彼らは、転がり出た何番目かの餌で満足する。それは、ボス猿の未来に不吉な予感を感じ取っているからだ。彼ら自身の罪悪感を禊ぐ一連の手続き。

 ただ一方で、この景色も、ボス猿をボス猿たらしめる一つの要因なのだと気づいた。この猿山で生活する猿たちの様子を見渡してしまうからこそ、責任感が芽生える。自分がここに立った理由は、果たして「外に出るため」だけだっただろうか。自分の意思決定が正常に行われたかも、もはや定かではない。

 猿が消える現象についても事例が集まってきた。彼らが姿を消すのは、夜更け頃が多いらしい。消えゆく姿を見た猿は誰もいない。まどろみに飲まれるうちに、消えた猿たちの存在こそが夢であったかのように、気づけばなくなっている。

 多くても、同時に消えるのは三匹ほどだった。この猿山のバランスを保とうとする、何か意志めいたものを感じる。ボス猿が消えるのは確定。猿山に来てから歴の浅い猿は、最も早いものでも一年以上経ってからであったようだ。そして、消えてから一週間ほど経ったら、知っていたかのように猿が補充される。ここまでわかれば、怪しむべきは飼育員たちだ。少なくとも、神隠しとして神様のせいにすることは、愚かしいことのように思えた。

 それから、三か月ほど過ぎた。もはや人間であった頃の記憶は薄れつつあった。猿としての生活が体に染みついて、ここにくる以前から猿のように生きてきたように思える。携帯電話は何も反応しない。充電が切れる以上の距離が開いてしまったようだ。石の板のように、そこに何ら可能性は見いだせない。大切にする必要も、もうないだろう。

 餌が出れば、ゆっくりと立ち上がって取りに行く。餌場にたどり着くと、猿山の猿たちが道を開け、自分が食うのを待っている。みずみずしい、砂のついた果実を口に放り込む。水分が喉の渇きだけ潤す。儀式が終わると、また定位置に戻る。

 様変わりしない飼育員たち。季節が変わることだけが、同じ今日でないことを証明している。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る