回転猿⑤

 猿自体の入れ替わりが激しいのであれば、自分が外に出るきっかけもそこに潜んでいるように思えた。ここを出ていく猿たちが果たして、命を持っていたかは定かではない。コバヤシに聞いても、知らない、と首を横に振るばかりだった。ただ、携帯の充電が切れてしまった今、自分にできることは限られている。可能性が少しでもあるのなら、調べてみる価値はあると思った。

 手がかりを集めなくてはならない。いつどこでどのようにして猿たちは消えていったのか、この猿山の歴史を紐解かねばならない。そのためには、役職が必要だ。この猿山から「消える」ためには、とにもかくにも上位階級を目指すしかない。上にいるほどに得られる手掛かりは多く、過去に消えた猿たちの法則にも近づけるからだ。

 コバヤシに頼み込んで、上位の役職にいる猿たちに取り次いでもらう。半ば彼との友情を利用しているようであったが、コバヤシが不満を垂れることはなかった。この野心的な「猿」を面白がっているのか、あるいはあきれてしまったか。それでも頼みを受け入れ、今まで通りに会話を交わしてくれるのだから、糸は切れていないと信じている。

 しかしコバヤシにも、自分が外からきた「人間」であることだけは話せなかった。これだけは、自分が唯一口をつぐむべき秘密だと感じていた。

 一目見ればわかる話、そう済ませてはいけないように思えた。彼らが自分を異種ととらえているのか、態度からはわからない。取り越し苦労であれば何よりだ。ただ、この秘密を打ち明けてしまうことで、築き上げてきた一縷の関係性が瓦解してしまうのならば。関わることを覚えては、たとえ猿相手であっても、もう一人にはなれない。

 のし上がるのは予想していたよりもはるかに簡単だった。ボス猿が定期的に消える法則を彼ら自身も理解しているため、皆見せかけの野心ばかりなのだ。皆が上を競い合っているように見え、一歩引いて、誰かが上に上るのを待っている。頂点に生贄を座らせているようなものだ。ボス猿はその役目を理解して、ただ己の役目を全うしている。

 なり替わるのはあまりにも容易だった。先代は進んで犠牲になろうとする新参者を訝しんでいたが、まだ「次の猿」になる覚悟は無いようで、席を退いた。

 上には誰も、いなくなった。

 猿山の頂点に君臨した。大した眺めではない。むしろ、岩陰でくすぶっていたころのような寂しさがあった。どの猿も憐れみの目を自分に向けているようで、居心地が悪かった。冷えた椅子が、心まで冷めさせてしまう。気づけば、餌の味がしなくなっている。

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