回転猿④

 会話の内容が把握できるほどに、彼らのコミュニティについて、理解が深まる。どのような関係があるのか、特に力関係、友人関係は重要だ。つながりが見えてくると、自分からコンタクトをとることも可能になる。まもなく、通りかかる猿たちに、自分から話しかけるようになった。

 彼らは当初、戸惑いを見せた。岩陰に潜む影のような存在から、突如言葉を投げかけられたのだ。同情を禁じ得ない。ただ、野生の適応能力は見事なもので、挨拶を投げるうちに、ぽつぽつと返事が返ってくるようになった。やがて、ごく自然に、旧友のように、当日の天気の話など交わせるようになった。

 その中で、特にコバヤシという猿と仲良くなった。初老の、腰の曲がった猿だ。「コバヤシ」というのは昔いた飼育員の名前で、彼が辞める際に、こっそりと名前を奪ったらしい。猿山にはそのようにして名を得た猿がいくらかおり、階級的にも上位に位置している。

 コバヤシは厭世的な猿で、ただ餌を食って生き永らえることを良しとしない。三日に一回ほどのペースで、餌を口にしないことがあった。夜には暗がりの奥深くでしくしくと泣いているような猿だった。

 自分の関心はこの猿に寄せられ、朝が訪れるたびに、彼の姿を探す。他の猿たちとも多くは交流を持たないコバヤシだったが、妙に自分とは馬が合い、仲良くしてくれた。自分らしさを失う恐ろしさに眠れぬ夜を過ごした自分にとって、彼と話している間だけ、嫌な現実から目を背けていられた。

 現実の象徴たる「猿」を目前にしてなおそのように感じるのだから、コバヤシは自分にとって、種を超えて絆を結びうる存在なのだろう。人間らしさの手がかりたる携帯電話も、岩陰に残して去ることが増えた。

 食事の折には、よい果実の見分け方を教えてもらった。どこが美味い果実を入手できるスポットなのか。猿山のボスに目を付けられない程度の、程よい甘さでないといけない。猿流の法則など、コバヤシは誰よりも詳しかった。

 彼はこの猿山ではかなりの古株らしい。この猿山にいるほとんどの猿のことを把握していて、よく過去にいたおかしな猿の話をしてくれた。

 曰く、今のボスはコバヤシがここにきてから七代目にあたるらしい。この猿山では定期的にボスがいなくなるため、世代交代が激しいようだ。きっかけもなく、突如ボス猿が姿を消す。そして、皆が頃合いを察して、次のボス猿が台頭する。彼らの秩序は、彼らの暗黙の了解によって成り立っている。

 見知らぬ猿が紛れ込んでいることも、多々あるとのことだった。その話を聞いて、自分がすぐに彼らに受け入れられた所以について、ひとり納得した。

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