回転猿③

 携帯の充電が切れた。人間の証拠が一つ、消えてしまった。最後に誰かに連絡を取ろうと思った矢先のこと。意志をあざ笑うかのように、目の前でローディングが走った。

 誰に連絡を取ろうか迷っていたためだ。一方で、またいくらか猶予があったとしても、誰にも何も伝えられなかったであろう確信はある。

 五日目の朝のことだった。正しい時間を知るすべは、もうない。日の昇るのと、落ちるのに裏切られてしまえば、もう一日も見失ってしまうだろう。朝の餌にありつく。身体は妙に元気だ。固い地面に転がって、やや凍えながら眠っているというのに、朝が来る頃には充填されている。寝ている間に身体を入れ替えられているのだろうか。そんな妄想が心を慰める。

 自分がこの場所にいる意味を考えるようになった。たとえそういう運命とあきらめなくてはならないとしても、何か意図を見出したかった。人に居場所があるのなら、そこで何か役割がもとめられているはずだ。まだ人であるうちには、その役割に報いなければならない。

 猿たちの観察をする。彼らはいつまでも、「キーキーキー」とやかましいばかりだ。片隅の岩陰であろうと、時折何匹かの猿が通り過ぎていく。そのたびに、何か用かと期待するが、彼らはこちらに一瞥もくれることなく、ただ過ぎ去っていく。

 飼育員の観察も欠かさない。五日もいれば、飼育員のメンバーや、シフトもわかるようになる。声が届かず、相手にされないのは誰であろうと一緒だ。人が変わってどうこうなる問題ではない模様。

 飼育員に引っ付いて外に出ようとしても、すぐにはがされてしまう。その時だけ、身体が自分のものではないかのように、全く動かなくなってしまう。飼育員たちは赤子をいなすようにまた猿山に戻す。彼らが離れてのち、身体は息を吹き返す。

 脱出の手立ては一つも見つからない。自分の身体自体が逆らっているように。物理的な可能性は、根こそぎ蓋をされている。試行を繰り返してみた結論として、どうやら内に関心を向けることしか許されていないようだ。

 やがて、どうだろう。猿の言葉がわかるようになった。彼らの言語が、妙に耳になじみ、頭に入り込んでくるのだ。ある猿は今の階級の不満を垂れ、ある猿は恋の話をしていた。

 自分自身が猿に近づいていると思い、手のひらに収まるほどの恐怖心を抱えた。腹にためていると、胃もたれのように気分が悪かった。猿たちの会話は耳を澄ますほどに面白い。朝早くにカフェで思わぬ噂話を耳にしたときのような気持ち。

 世界から徐々につながりを絶たれる孤独を感じていた時分、彼らの会話が一つの救いのように思えたのは言うまでもない。

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