第2話 復活祭
その後の出来事は私も明確に覚えている。
「いったいどういう真似なんだよ!?」
訴える和馬の右腕は私とともにしっかりと木製の土台に固定されていた。私としたことが、こんなものに拘束されるとは……あの女いつか殺してやる。
「私がいうとみんなそういう。魔法なんてありはしないって。やりもしないのに、もうそんなもの廃れた文明だって」
「お兄ちゃんなら出来るよ。だって天使さんなんでしょ?」
「天使!?」
私の失笑に反応して右腕が悶えてしまった。
「お空から落ちてきて、ボロボロだったのに生きてるって……」
「本当はみんな死んでしまったんじゃないかってあなたを火葬して、村の共同墓地に埋葬しようとしたのよ……。そしたらあなた、炎の中で寝息立てて、寝相をかいたの。気味悪がっちゃって、村長をはじめ、みんながあなたを埋めてしまおうって」
「リナちゃんが昔のことをちゃんと知ってたからおにーちゃんを連れてきたんだよ?」
「まさか……」冗談だろと嘲る和馬の頬をナイフかかすれる。痛みとともに、静かに血が滴る。これは間違いなく現実……。
「今から始めることは、私があなたを掘り返した理由にもつながる大事なこと。だから大人しく私の指示に従ってね?」
「したがってね?」
ほほ笑むリナの顔には表面だけの優しさが浮かんでいた。
リナが言うには、目標を定めて念じる。それだけでいいらしい。そこから放たれるものが何なのかは、念じる事にもよるらしい。
「誰かの心配をして祈れば傷口がふさがったり、呪いや災いが遠ざかる」
「へぇ、なら俺がこのふざけた訓練を止めてほしいと懇願すればやめてもらえるのか?」
「真面目に聞いて」リナの目はまっすぐに和馬を捉えていた。
「魔王がいるの。この世界に」
和馬は剣幕に押されてうわごとのようなその話になんの反応もできない。
「現れてからもう何十年になるわ。近隣の村をなんども襲っては壊滅に追い込んだ。村の方から貢物を差し出すのにはそう時間はかからなかった。……私の父さんはそのことに何も言わなくなった村人に別れを告げて、一人で魔王のいる古城に。それからもう半年、父さんの話をする人はいなくなったわ」
「……俺にどうしろって? 言っとくが、俺は確かに魔法を使える年齢に達したかもしれないしある意味じゃ使えるのかもしれないけど、魔法どころか車も運転できんぞ」
「何の話かよくわからないけど、とりあえずそのままこの板を破壊してもらえる?」
リナの背後には木の枝から吊るされた乱雑に切られた気の板がある。
「仕方ない、三回だけ付き合ってやるよ。ただ、三回でだめならあきらめろ。天使だかなんだか知らんが、俺は普通の人間だ。空から落ちてきたのはお前らの作った幻想だ」
和馬は、握っていた右手をほどいていく。掌を、目標物めがけて力強く開いて見せう。
「まずは炎。燃やすのよ」
魔王の話にリーナはきょとんとしていたのは、村の大人たちが小さな子供たちに気を使って話を聞かせていたからにすぎない。
「燃えろ!」さすがの和馬も赤面をしていた。出るはずもない炎の幻影を一応頭の中に描いてみたが、そんなものでは出るはずもない。
「ふざけてるの? もっと祝詞みたいなものあるでしょ?」
「んなもん知るかよ。お前はペーパードライバーですらない人間に対して、路上で運転させてるんだぞ?」
「なんでもいいわ。炎がダメならこんどは氷。さぁ、氷の刃で射貫いてみるのよ」
射貫いてみるのよ。で、出せるのであれば和馬はおそらくこの土台を破壊してこの訓練を終わらせている。
「出るかんなもん。ホレ早く、次だ次」
「私に聞いてないであなたも何か提案したらどうなの? 学校で勉強してこなかったの? 魔法」
「残念だけどオカルト学科はなくてね」
「あなたって人は……。わかった。これがどういう結果になってもこれでおしまい。あなたには才能もないし、女の子を扱う気概もない。そういう人だったってことね」
「最後のは余計だろ?」
和馬には人には言えないコンプレックスがあった。
「だってそうでしょ? 人がこうして親切に説明してあげてるのに、あなたは自分から何もやろうとはしない」
「お前が始めたことだろ?」
「そして私の名前を呼ぼうともしない。だからその年なのにけ……」
和馬の中で何かがはじけた。その黒い何かは私にとってはとても懐かしく、面白いおもちゃだった。だから、ほんの少し私の力を貸してやることにした。
「え!?」
リナの隣の木板は、日数の置いたリンゴの様に腐り、地に落ちた。
「……死の魔法!?」
二人が唖然として私の力に慄いている間、紙飛行機にも飽きたリーナが木の根元で寝息を立てて眠っていた。
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